「つかしん」
「たぶん、塚口の新名所の略やで・・・」
当時、このコピーに激しい抵抗感を覚えた私は、それから12年後に上映された「もののけ姫」でこの表題を突きつけられ、「あっ
「生きろ。」
素晴らしい作品でした。そして、それに相応しいキャッチコピーでした。
このアニメ映画自体も、そしてこのコピーもいまだに賛否は分かれているようですが、この領域に関する事柄を学べば学ぶほどに、これを持ってくることの凄さを実感します。
「つかしん」もやっぱり、そのまんまだったんです。でも、それが一番難しい。
やっぱり、どうしてもひねりたくなるんですね。
あれから20年以上の歳月が流れました。西武百貨店をはじめ、当時のテナントはすべて撤退。そして、「つかしん」の名だけが残りました。

「人は誰も罪人だから 覚えてきたものに捕まえられている」
以前、尾崎豊特集にも認めた、「太陽の瞳」のフレーズです。たしかに私たちは、いつもその時代を背景にしたことばや常識にとらわれているもの。
キャッチコピーも時代とともに大きく変遷しています。
1970年代―「全米ヒットNO.1」「全米が泣いた」「全米が震撼」etc..「全米」が説得力をもつ背景は割愛しますが、まあ黄門様のご印籠みたいなものでした。
1980年代―「やっぱりイナバだ。100人乗っても大丈夫!」は、その後、フレーズだけで情報的に完結する広告表現のきっかけに。
1990年代―NECの「バザールでござーる」、日本食研「焼肉焼いても家焼くな」のバンコなどのキャラクターが一人歩きをはじめ…、そして21世紀。
たとえば政治の世界でも、大ヒットとなった「そうはイカン○キ!」―逆に、大きくスベッた「最初はグー、サイ○ウケン」に代表されるキャッチ等をみていると、ますます混迷の度を深めていきそうな気もします。
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何気ないひとことに、その人の本質をかいま見ることがあります。
個人や企業、団体を問わず、それが考え抜いて掲げられたキャッチコピー(フレーズ、スローガン)なら、なおさらのこと。
今月の特集が「キャッチ」についてご興味を持っていただけるきっかけとなれば幸いです








−筒井夫妻と−




















