『人生に悩んだら「日本史」に聞こう』
この本の冒頭には、以下のような件があるのだそうです。
(ごめんなさい、まだ本編は読んでおりませぬ)
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もともと秀吉は「天下統一」など夢にも見ていませんでした。秀吉は、天下統一のために、人生をささげてきたのではないのです。
秀吉は、遠い未来に目標を定め、「いま」をその手段としたのではなく、いつでも「いま、ここ」に全力投球だったのです。
秀吉は、雑用係では、雑用係に胸ときめかせ、自分がやれることを精いっぱいやった。その結果、まわりから応援されて、次々と扉が開いて、いつのまにか天下人への運ばれていったのです。
そもそも日本人にとって、「成功」=「幸せ」だったのだろうか。。
日本人の本来の生き方は、アメリカ型の成功哲学とはちょっと違うところにあるんじゃないか。そんなふうに感じていたときに、人間の進化には、2通りのカタチがあるという話を知りました。
ひとつは「目標達成型」。
これは夢や目標を持ってそこに邁進していくタイプ。
もうひとつは「天命追求型」。
目の前にある課題に対して、ひとつひとつ力を出し切ることによって次の扉が開き、新しいステージに運ばれていくタイプ。
自分から目標に向かって行くのか、まわりから運ばれていくのか、という違いです。
日本史を見つめ直したときに、「おかげさま」の精神をもつ日本人の感性に合っているのは「天命追求型」だと思ったのです。
まわりから応援されて運ばれていく、天命追求型こと日本人の生き方、日本人の夢の叶え方なのではないかと。
無理やり目標を作らなくていい。無理やり自分の人生を創りださなくていい。ただ、いま目の前のことをひとつひとつ大切にしていけばいい。
そう気づき、なんだか、生きることに対して安心感が生まれました。
夢って言葉は素敵だけれど、もしかしたら、自分で自分の限界を決めてしまっているのかもしれません。
でも、いつだって、あなたの可能性はあなたが描く夢より大きいのです。
そこへ運ばれてください。ご縁を大切に、いま、ここでやれることに工夫を施す。すると、人生に風が吹き、思ってもみなかった場所へ運ばれます。
あなたの「命」が「運」ばれた先、それがほんとうの「運命」です。さて、あなたはどこに運ばれるのでしょうか?ワクワクしてきますね。
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素晴らしい切り口ですね。本当にワクワクしてきます ^ ^
ちなみに、秀吉に長浜城が与えられ、城持ちの大名になったのは、
雑用係から19年もの歳月を経た後のことでした。
これまでも、 “天命追求型” 的な生き方をしてきたつもりではいたものの、
そのためには、もっともっと、 “いま、ここ” に、
真摯に向き合う必要があるのだということを、
あらためて気付かされる挿話でした。
2012年02月11日
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この本をひすいこたろうさんとの共著で書かせていただきました、白駒 妃登美です。
本を手に取ってくださったこと、そしてこのような素敵な記事にしてくださったに、心から感謝します。
読み終わったら、ぜひまたご感想をお聞かせくださいね。
読了後、感想を認め、あらためてご連絡をさせていただきたいと思います。