2009年11月28日

名台詞

昨夜、某飲食店でのこと。


私たちのテーブルを担当してくれている若いウェイターに、

ずいぶんと以前、どこかで会ったような気がして、


注文を取りに来てくれた当の本人に、

私の顔に見覚えがあるかどうかを問い質そうとした瞬間、

はっと、思い出しました。



「○○さんの息子さん、だよね?」


「はい。」




○○さんのご家族にとって、

今は大変厳しい環境下にあるとお察し致します。


話は少し逸れるようですが、

男はつらいよの第39作目『寅次郎物語』で、

満男が寅さんに

人間は何のために生きているのかな?」

と問うシーンがあります。



今宵、本Blogを読んでくれるかもしれない○○さんに、

このときの寅さんの名台詞をお送りしたいと思います。



寅さん「あー生まれてきてよかったな、
    
    って、思うことが、何べんかあるじゃねぇか。
    
    そのために、人間、生きてんじゃねぇのか
?」


満男 「ふーん


寅さん「そのうち、お前にもそういう時がくるよ、なぁ

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ニックネーム カイチョー at 10:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年10月30日

ノー天気

メンバーの勧めにしたがい、本blogを書き始めてはや3年が過ぎました。


時折、愛読者?の仲間から、「あんたはいつもノー天気でいいなあ〜」

と突っ込まれることがあります(^^)


もとより私とて、落ち込んだり、憤ったり、

悔しくて眠れない日が、ないではありません。


だからこそ、本blogのスタート時に認めた、

暗くおぞましい事件が続発し、気が滅入ることも多い日々の生活の中で、ホッと心が和むエピソードや、印象に残った素晴らしい詩、絵画や音楽、忘れられない感動など、“ことば”をキーワードに、あかるい話題に焦点をしぼって書き綴っていくこと

をいつも念頭に置いています。



愚痴をこぼしたり、悪態をつくことで、

一時の感情が満たされることは確かにあるのでしょうが、

吐き出したことばは、“言霊”となって、回りまわって我が身に帰ってくるもの。


これからも、ノー天気なほどに明るい話題を提供していこうと思っています(^^)


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ようやく桧舞台に立つことになった田沼君の活躍を心より祈念しています。
ニックネーム カイチョー at 10:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年10月28日

ため息

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ここ数日、何気なくため息を漏らしている自分にハッとするときがあります。


よく“人事を尽くして天命を待つ” といいますが、まさに “言うは易し、行うは難し


敗戦後、もっとああすべきだったとか、こうも出来たのでは、

といった思いが頭をもたげてきます。


(とはいえ、時計の針を逆に戻すわけにもいかないわけで・・・)


なにも選挙に限ったことではなく、日々の積み重ねが全てなのですから、

本来は、常に“人事を尽くす”必要がある、ということなのでしょうが、

歳を重ねるにつれ、日々、学ぶことばかりが多くなるように思われる毎日です。。
ニックネーム カイチョー at 21:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年10月17日

明日への神話

所用で東京に来ています。

太陽の塔にも認めた岡本太郎の「明日への神話」を、ようやく目のあたりにすることが出来ました(^^)


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縦5.5m、横幅は30mにも及ぶというこの大壁画は、メキシコの実業家の、

新築ホテルのロビーを飾るための壁画を描いてほしい

との依頼を受けた岡本太郎が、大阪万博テーマ館の仕事の合間をぬって、

何度もメキシコへ足を運んで完成させたのだそうです。


ところが。。

依頼主の経営状況が悪化し、ホテルは未完成のまま放置されることになり、

この大壁画もロビーから取り外され、行方不明に・・・


それから30余年の歳月が過ぎた2003年の9月、

メキシコシティ郊外の資材置き場で発見されたこの岡本太郎の最高傑作は、

今、こうして修復され、

毎日30万人もの人々が往来するこの場所にやってきたのです。

(私と同じように、携帯で写真を撮る方が結構おられました)


凄いなあ。。


原爆が炸裂する瞬間を描いたこの作品は、

その刹那に生まれる死や破壊に抗おうとする、

人間の誇りや尊厳が表現されているのだそうですが、


とにかく、あの万博の最中、メキシコにまで通い続け、

これほどの作品を創作する情熱は、いったいどこからきたのでしょう。。


この壁画の前に佇んでいると、その迫力に気圧されてしまいそうです。


渋谷マークシティの通路を利用される際は、ぜひとも壁面にご注目の程。
ニックネーム カイチョー at 15:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年08月29日

松岡修造

昨夜、帰宅後、TVを付けてみると、松岡修造の特集が放映されていました。

えっ!? あっ、そうなん?」

以前から、その独特のキャラで異彩を放ち、とても興味深い存在だったのですが、彼が、かの小林一三翁の曾孫だったとは全く知りませんでした。



いつでもどこでも真剣勝負!

私自身はそんな彼が大好きですが、案外、好き嫌いがはっきりするタイプなのかもしれませんね。


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ともあれ、ご興味のある方は一度、彼のWEBサイトに立ち寄ってみてください。元気と笑いが出ること請け合いです わーい(嬉しい顔)
ニックネーム カイチョー at 22:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年08月09日

偉人

へえ〜

8月末の総選挙を目前に控え、オリコンが10〜40代を対象に『現代に蘇ってほしい偉人』のアンケート調査を行ったところ、

全世代にわたって、“坂本龍馬”が1位を独占したんだそうです。

(なるほど、というより、当然でしょうか)



ちなみに、

2位は “織田信長”

3位が “聖徳太子”

そして、なんと4位に“田中角栄”がランクインされているではありませんか。


アンケートに答えた方々は10〜40歳代。

二階堂進”にも認めたように、

子供心にも「凄い人だなあ〜」と映った私たち世代より下で、

現役政治家の角栄を知っている人はほとんどいない筈ですから、

過去の映像や書籍、あるいは親御さんらの口伝え等で、彼らなりの角栄像を組み立てたのでしょうか。


要するに、少々強引でも、リーダーシップをとれる人が求められる時代が、もうそこまで来ているのかもしれませんね。

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ニックネーム カイチョー at 22:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年08月05日

感情論

麻薬(あるいは覚せい剤)取締法違反容疑で逮捕された男の妻たちが国民的アイドルだったこともあり、どのメディアも一斉にこのニュースを取り上げています。

社会人として到底許される行為でないことは論を俟ちませんが、彼らを糾弾する野郎どもの論調のなかには、「あんなに可愛い女性を妻にしておきながら」という、感情論むき出しのコメントも多く含まれ、

本件の当事者らにとって、妻の存在がいかに大き過ぎたかの一端を垣間見るような気がします。

一方で、同じメディアの、「彼女たちには何の責任もありません」といった論調もやけに耳につくのですが、さすがにそんなことはないでしょう。


芸能人は“私”を売るのが商売だといってしまえばそれまでですが、もう少し冷静な報道がなされないものでしょうか。
ニックネーム カイチョー at 11:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年07月10日

プリザーブドフラワー

>>>前号より続く

古代バビロニアの時代から人類史に登場し、

かのクレオパトラもその美しさの虜になったといわれるバラ(薔薇)ですが、


中世ヨーロッパでその美しさや芳香が「人々を惑わすもの」としてタブー視され、修道院で薬草として栽培されるにとどまっていたそうです。



当店の店長も、そんなバラの美しさに魅せられた女性の一人。


ただ、当然のように、裕福な貴族の娘で、大変な浪費家だった(そのため「悪妻」として歴史に名を残した)ジョセフィーヌのようなわけにはいかず(^^;

彼女が行き着いた“美”の終着点は、プリザーブドフラワーでした。


1991年にフランスのヴェルモント社が開発した方法により、本物の花の水分を保存料と交換させ、見た目が変わらないように加工されたプリザーブドフラワーは、

欧州のフラワーデザイナーが相次いで作品に取り入れたことによって、瞬く間に世界中に広まりましたが、まだまだ日本ではなじみが薄いこともあり…


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たくさんのプリザーブドフラワーに囲まれた店内は文字通りのプチマルメゾン

この項、さらに続く>>>
ニックネーム カイチョー at 22:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年07月08日

七夕

過日、いつもお世話になっている○氏から、

お店のオープン記念に何かを購入しようと思うのですが…

との有難いお申し出をいただきました。


ちょうど、「七夕」が近かったこともあり(^^;

笹の葉につるし、短冊に願い事を書くかのように、

出店したお店のネーミングにまつわる興味深いエピソードをお話し、


“記念に”というにはあまりにも高価なものでしたが、思い切って、

このお店の守護をお願いするという意味も込めて…」

と、お願いしたところ、

なんと粋な計らいなのでしょう、昨日の七夕にあわせ、

その作品をご購入していただく運びとなりました。


(そのエピソードについてはまた明日)


本紙面をお借りして、あらためて同氏に心より御礼を申し上げます。


この項、続く>>>


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ニックネーム カイチョー at 21:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年06月27日

マイケル・ジャクソン

マイケル・ジャクソン死去”の報道が世界中に大変な衝撃を与えています。


元妻でエルビス・プレスリーの娘であるリサ・マリー・プレスリーは、

かつて夫婦だった時にマイケルが、

「エルビスのような死に方をするのではないか」

と不安を漏らしていたことを明かしたのだとか。。


プレスリー(享年42歳)も死亡当時は心臓発作とされましたが、

今でも薬物摂取との見方があり、今回も死因は特定されておらず、ロサンゼルス郡検視局は毒物検査を実施した後、発表する方針だそうです。


白樺日記にも認めたように、彼と同い年の私にとっては、そのデビュー時からの変遷を見続けてきただけに、

整形手術を繰り返し、莫大な借金を抱えながら、それでも走り続けることを止められない境遇を、ただただ気の毒に思っていました。


その圧倒的な音楽的才能と、数々の差別や虐待が彼にもたらしたものは、絶望的な孤独感だったのでしょうか。。

波乱に満ちた生涯に敬意を表し、そのご冥福を心よりお祈りします。





PS.「スリラー」のプロモをはじめて観たときの驚きは今も目に鮮やかです。

ニックネーム カイチョー at 22:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年06月14日

プロレスラーの凄さ・3

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写真-共同通信-


昨夜、プロレス団体「ノア」の代表で人気プロレスラーの三沢光晴選手が、広島大会の試合中に後頭部を強打して意識不明となり、結局、一度も意識が戻らぬまま、帰らぬ人となりました。


若い頃は大のプロレスファンだった私は、体育館のマットで友人とのプロレスごっこでジャーマンスープレックスを食らってむち打ち状態となり、一週間ほど首がまわらなかった経験があります。



あの頃も今も、プロレスに対する“偏見”が拭い去られたとはいえず、またそのことにずいぶんと心を痛めた時期もありましたが、

プロレスなんて八百長だよ、と一言で片付ける人の多くの人は、実際に会場に足を運んだこともなく、

彼らが文字通り“体を張って”、日々、どれほどの鍛錬を重ねているのかを、少しでも自らの体をいじめ、強くなりたいと希った人は理解できると思います。



バックドロップ一発で心肺停止状態に陥ったのだとすれば、47歳の誕生日を間近にひかえた体に鞭打って、よほど無理に無理を重ねていたのでしょうか。。


技を放った齋藤彰俊選手には、自らを責めるのではなく、その遺志を継いでご活躍されんことを、そして故人のご冥福を、心よりお祈りいたします。



プロレスラーの凄さ 12 はこちら
ニックネーム カイチョー at 22:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年06月11日

盲目のピアニスト

米国で開催された第13回バン・クライバーン国際ピアノコンクール。

昨年、奇跡の人でもご紹介した盲目のピアニストである辻井伸行さんが、日本人として初優勝の快挙を受け、凱旋帰国した直後の記者会見で、

女性記者の、

もしも一日だけ目が見えたら?

という趣旨の質問にギョッとしつつも、

両親の顔

と笑顔で答えた彼の美しさと強さに救われた気がしました。


凄い青年ですね。感動します。


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六甲山の向こうに沈み行く夕陽がきれいでした。
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2009年05月26日

つるの剛士

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いわゆる“おバカキャラ”などというジャンルが出来上がりつつある、

昨今の風潮に眉をひそめつつも、

実のところ、そんなレッテルを貼られているタレントの多くは、かえって(私にとっては)好感度の高い若者だったりするんです。。



なかでも先日、

自らの妻や子、両親について語る「つるの剛士」をTVで観て、

いいこと言うやんけ〜

と、共感を覚えました。



そんな彼が今、歌手としてバカ売れしているんですって…



はじめて「M」を聴いた時、

そんなキーから入ったら、高すぎて歌われへんやろー

と思っていたところ…



おーっ !!」

これがまた上手いのなんの。。


そのつるの剛士君、今日が34回目のお誕生日なんだそうです。

その独特のキャラクターで、

これからも万人の心に“なごみ”をもたらしてくださいね。




とにかく、彼の人間性の一端が垣間見られるこの一曲「M」は必見です。

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ニックネーム カイチョー at 23:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年05月22日

手塚治虫

>>>前号より続く


思えば阪神大震災の前年、手塚治虫の偉業を広く後世に伝えるため、

同氏が5歳から24歳までの多感な時代を過ごした宝塚に手塚治虫記念館が建設され、

先週の金曜日(2009年5月15日)には開館以来、300万人目の入場者を迎えた、との記事を目にしたのですが、


自宅からおよそ6kmの距離にある同館には、

その気になれば「いつでも訪ねることが出来る」との気安さと、


あまりに偉大すぎる存在であるが故(言い訳がましく聞こえそうですが)

気安く立ち入ることが躊躇われ、結局のところ15年が経った今もなお、足を踏み入れることさえ出来ずにいます。


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ちなみに、『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『リボンの騎士』をはじめ、

ブラック・ジャック』『三つ目がとおる』『ブッダ』『アドルフに告ぐ』など、

全604作(原稿枚数15万枚分)を描きに描いた手塚治虫の他界は、

彼がわずか満60歳のときでした。 


(凄すぎます…)



もしかしたら、こんなblogを認めている今、

ようやく同館を訪ねてみてもいい年頃?になったのかもしれません。
ニックネーム カイチョー at 23:07 | Comment(0) | TrackBack(1) | 人・人生

2009年05月10日

滑稽

昨日のblogはどういう意味?

さる方に、こう訊ねられ…


たしかに、ことば足らずでした。


カメの歩み」はひとつの比喩であり、

認めたかった昨日のテーマは、おおよそ以下のようなことだったと思います。


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誰が考えても滑稽に思えることでさえ、

その中に一握りの天才たちが含まれるのは論を俟ちませんし、

たとえ、それが本当に滑稽な事柄であったとしても、

要はその当人にとってどうなのかということこそが、何より尊重されるべきなのかもしれません。。


客観的にみれば、極めて深刻な状況だからこそ、

軌道修正?することよりも、ただ黙って見守ることのほうが遥かに難しく大変なことなのではないか…

最近、とみにこんなふうに思いつつも、その頃合いを見定めることの難しさに、

ふと昨日のカメを重ねてみたくなったわけですが、

そんなもん、誰がわかるねん!

という声が聞こえてきそうです。


仰るとおりです、ハイ。。


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運動を兼ね、本日も定点?観測(前回=4月19日

いよいよピークも間近です わーい(嬉しい顔)

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ニックネーム カイチョー at 21:35 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年04月24日

裸になって何が悪い!

昨日未明、東京ミッドタウンの檜町公園で泥酔し、

駆け付けた警察署員に「裸になって何が悪い!」と手足をバタつかせて抵抗したSMAPの草薙剛くんが“公然わいせつ罪”で逮捕され大騒ぎになっていますが、

その後、鳩山邦夫総務相の「最低の人間。絶対許さない」発言や、

彼の自宅が家宅捜索されたと聞いて、違和感を覚えた方も多いのでは…



もちろん、素っ裸になって騒ぎ立てるのは褒められたことではありません。

しかし、「公然わいせつ」といっても、午前3時のミッドタウン内の公園で素っ裸になった彼の○○○を“目撃”した住人がいったい何人いたというのでしょう。。

まだ34歳独身の男が深酒で酩酊し、前後不覚になってしまうことがこれほどの騒ぎになり、家宅捜索まで行われてしまうのは明らかに行き過ぎではないでしょうか。



繰り返しますが、酔っ払って真夜中に騒ぎ立てることを決して肯定するつもりもありません。

でも聖人君子じゃあるまいに、(実際に裸になるかどうかは別にして)誰しもこんな思いをしたことくらいはありますよね?

もう少し寛容な社会であってほしいと願う私は、やはり世間からは甘い!といわれてしまうのかもしれませんが、

草薙くんに成り代わり、今夜は敢えてこう開き直りたい気分です。


「草木も眠る丑三つ時に、無人の公園で裸になって何が悪い!

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写真-ロイター
ニックネーム カイチョー at 22:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年04月20日

おしどり夫婦

残念ながら本編を観ることは叶いませんでしたが、今夜、認知症と闘う南田洋子を献身的に介護する長門裕之の介護生活第二弾が放送されたようです。


俺たちにつけられていた『おしどり夫婦』というキャッチフレーズ。

 だが、あのころの俺たちは偽りのおしどり夫婦だった



また、

これまで女性問題、借金、父親の介護などで南田に辛い思いをさせた長門は、

大変な状況だけど今がいちばん幸せ。私のなかに罪滅ぼしの部分もある

とも語っており、

まるで夫婦について、あるいは老いることや介護と今後どう向き合っていくのかを突きつけられているかのようなことばです。


いずれにせよ、これからの日本ではこんな老々介護の風景が珍しくなくなっていくことでしょう。。


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ニックネーム カイチョー at 22:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年04月07日

近頃の若いモンは…

近頃の若いモンは…

一説によれば、古代エジプトの象形文字にも記されているという年配の人達の決まり文句ですが、このことばを吐きたくなったら歳を取った証拠とも言われます。

とはいうものの、近頃は若いタレントさんの顔と名前も一致せず、その言動などに眉をひそめることもしばしば。。


ところが先日のこと、食堂で少し遅い昼食を取っていると、テレビのモニターに映るワイドショーで若い二人が結婚の会見を行っており…

水嶋ヒロ(全然知りませんでした)と絢香のやり取りを聞いていて、そのしっかりとした考え方と、落ち着いた話し方にたまげてしまいました。

近頃の若いモンはこんなにしっかりしてるんですかね。。

とくに絢香は闘病とも向き合わなければならないようですが、思わず、“二人の未来に幸多かれ”と祈らずにはいられない、そんな清々しい会見でした。
ニックネーム カイチョー at 22:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年03月23日

中丸薫

中丸薫という女性をご存知でしょうか。

Wikipediaによれば、2004年には世界でもっとも権威があるといわれる人名録American Biographical Institute(アメリカ)から

21世紀の偉大な女性

21世紀の偉大な思想家」に選ばれ、

また、International Biographical Center(イギリス)から

21世紀の代表的な知識人2000人」にも選出されています。


先日認めたアセンションの項を読んだ、とある方から、

「昨日、中丸さんの研修会に参加してこの本を頂いたんだけど、読まない?」

と、手渡されたのが、「2012年の奇跡−愛の光でアセンション


読みやすい文体で、あっという間に読み終えてしまいました。


その内容については敢えて言及しませんが、

次回の研修会に同道させて頂き、当の中丸さんをご紹介をして頂ける由、

今から新たな出会いが楽しみでなりません。


ニックネーム カイチョー at 22:26 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年03月08日

頑固一徹

「えっ…」


昨夜、京都に向かう車中、祖父が亡くなった、との一報が。。


満100歳 ― 孫頭の私の50歳の誕生日を待っていたのでしょうか、昨日は文字通り、最後の最後までサプライズな一日となりました。

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頑固一徹”を絵に描いたような祖父で、競馬に例えれば、ブルードメアサイアー(Broodmare Sire=母方の父)にあたり、当然のことながらその血統的影響(25%)はもちろん、「キミは長嶋を見たか」にも認めたように、長嶋ファンになったきっかけなども、やはり祖父の影響が大きいと思います。


話題?の納棺師の方々の所作に見入りながら、小学生の頃、よく甲子園に連れていってもらったことを思い出していました。


祖父の一生からみれば、ちょうど折り返しに差し掛かったばかり。

仏様の傍らで今また、

いのちのバトンを引き継いでいこう、と心新たにしています。
ニックネーム カイチョー at 22:00 | Comment(4) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年03月02日

白洲文平

昨日は恒例のウォーキング?エンド― まずは、梅林に記したコースを伝って“観梅と野点の会”が催されている緑ヶ丘公園へ向かいました。

たしかに、先日に比べ大勢の方々で賑わっていたものの、肝心の梅はようやく7分咲きといったところです。

ここにきて、冷え込む日が多いことが影響しているのでしょうか。。

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今回は、頑張ってさらに足を伸ばし、「伊丹緑道」と呼ばれる散策道へ。。

プリンシプル」にも記したように、ちょうどこのあたりには、白洲次郎の父、白洲文平がミレー、コロー、マティスらの名品を集めた美術館付きの邸宅があったところで、なんと敷地は4万坪もあったのだそうです。

もうその名残りは感じられなかったとはいえ、こんな地元の事柄でさえ、あまりにも知らないことが多すぎますね。。 反省 もうやだ〜(悲しい顔)



当時の記録(大正10年9月15日に開会された伊丹町会)によれば、「小西酒造」や「老松酒造」など、伊丹酒造組合のオーナーらに伍して白洲文平の名が…

「郡立高等女学校設立に関し、町費中へ左の通り指定寄付」

     二萬円 小西新右衞門
     一萬円 白洲文平
     八千円 武内利右衛門
     七千円 武内 佐次郎
      ・
      ・
      ・


上位4名の多額寄付で全体の寄付額の半分以上も占められ、白洲家が伊丹の有力者としていかに地域に貢献されていたのかが偲ばれます。


「あっ!?」


「郡立高等女学校」といえば、私の母校である「兵庫県立伊丹高校」の前身ではありませんか!
ニックネーム カイチョー at 21:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年02月18日

今井寿恵さんご逝去

今井寿恵さんがお亡くなりになられたとの一報が・・・

先月15日に笹塚の事務所にお伺いして、久しぶりにゆっくりとお話をさせていただき、来月には御代田のご自宅でWEBマガジンの対談を行うことまで快諾してくださったばかりでしたのに。。

また、折からの不況で、某社で出版予定だった集大成ともいえる写真集の出版が頓挫してしまったとのことで、

「どこか別の出版社をあたってみてもらえない?」との宿題もいただいており、いろいろと動いている最中の訃報でした。


ご葬儀は23日午後1時から目白聖公会で行われるとのこと。

謹んでご冥福をお祈りいたしますとともに、対談で引き出すつもりだった、その波乱万丈の生涯の一端を、また別の機会にぜひとも認めておきたいと思います。
ニックネーム カイチョー at 23:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年02月17日

村上春樹

残念なことに、

中川財務・金融担当相の“酩酊?会見”に話題をさらわれてしまい、メディアの扱いは大きくなかったものの、昨夜、TVで村上春樹が行ったスピーチはとても凄みのあるものでした。


イスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」を受賞し、エルサレム市内の会議場でスピーチを行った同氏は、

なんと空爆を命じたペレス首相の眼前で、当のイスラエルのパレスチナ自治区ガザ侵攻を批判し始めたのです。。

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写真−AP通信


最初はギョッとして、ニュースの最後は「ほーっ」と感心し、

本日、翻訳をじっくりと読んで、さらに深い感動を覚えました。

(流暢な英語で、これだけの思いをイスラエルの人たちに伝えていたんですね)


彼の作品は、ずっと以前に「ノルウェイの森」上下巻を読んだきりでしたが、この文章を目にして、村上春樹の作品に俄然、手を伸ばしてみたくなりました わーい(嬉しい顔)

村上ファンの方がいらしたら、お薦めの本をご紹介いただければ幸いです(^^)


また、昨夜の映像の最後は、彼らイスラエルの人々のスタンディング・オベーションを映し出していました。

そもそも、“個々人(卵?)”は、世の古今東西を問わず、これだけの寛容さを備えているものなのでしょうね。

詳しくは続きを読む
ニックネーム カイチョー at 19:40 | Comment(0) | TrackBack(1) | 人・人生

2009年02月04日

聖バレンチノ

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先日、街のアーケード内に、今年もバレンタインデーのギフトコーナーが設置されました。

タイトルは“聖バレンチノ*” 

これ、全部チョコレート がく〜(落胆した顔) で出来ているんです。

*西暦3世紀。ローマ皇帝クラウディス二世は、強い軍隊を作るために兵士の結婚を禁じていました。キリスト教司祭であるバレンチノは、これを見かねて兵士の結婚式を執り行ったために投獄され、西暦270年2月14日に処刑されたとされています。



今年も、すでに「バレンタインどきどき、ワクワク川柳」が公表されていますが、世相を反映してか、昨年と違って“身につまされる”川柳が多いような気がします。

ちなみに、そのなかで、私がもっとも気に入ったのはこれ。

チョコ選ぶ 時間でスキと 気づく恋

さて、皆さんはどの川柳がお気に入りでしょうか。。

入選作はこちらから>>>
ニックネーム カイチョー at 21:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年01月22日

フォロー

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−写真・ロイター−

I will faithfully execute the office of president of the United States.(私は誠実に大統領の職務を遂行する)

オバマが就任宣誓を行った際、一瞬、いい澱んだように思えたのは、実は、ジョン・ロバーツ連邦最高裁長官が語順を間違えた為であり、

その誤りに気づいた彼はしかし、

最終的には長官が述べたとおりに復唱し、その後の就任祝賀舞踏会でも、「(ロバーツ長官)が私のミスをフォローしてくれたのです」と答えていました。



昨日、したり顔で、「こんなに緊張したオバマ氏は初めて」という論調でそのミスを論っていたコメンテイターがいましたが、

あらためてその映像を見てみると、緊張どころか(写真)、あの場面で瞬時にロバーツ長官をかばう決意をする沈着冷静さ、そして何より、他者に対する慈しみの心がみてとれるようです。

いったい、これまでにどれほどの思いを重ねながら今日に至ったのでしょう。。

ちょっとしたことで、その人となりが表れるものですが、オバマ大統領の人柄が偲ばれるような場面でした。

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ニックネーム カイチョー at 20:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年01月14日

ポール・ポッツ

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昨夜、以前から何度も本blogに認めようと思っていた英国のオペラ歌手、ポール・ポッツが日テレ系TV番組で紹介されていました。

今更ながらに、音楽のもつ計り知れない表現力や訴求力を実感―

デビューのきっかけとなった「Britain's Got Talent(ブリテンズ・ゴット・タレント)」の、“誰も寝てはならぬ”を再見し、あらためて、彼の圧倒的な歌唱力に身悶えするほどの感動を覚えた次第です。


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幼い頃からいじめられっ子で歌だけが友達だったというポール・ポッツ

16歳の時、ホセ・カレーラスの歌声に魅せられ歌手に憧れますが、歌唱力だけでなく容姿も重要視されていた当時のオペラ界にあって、顔立ちや歯並びに恵まれなかった彼はプロへの道を断念、

その後、いろいろな職業を転々としながらも、オペラに対する情熱を捨てきれず、これが最後と決して臨んだうえのTV番組で辛口審査員を驚嘆させ、一夜にしてヒーローに。。
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彼の半生を描いたハリウッド映画制作も決まり、脚本の担当が「最高の人生の見つけ方」のジャスティン・ザッカムで、

そのタイトルは、CDデビューアルバムと同じ、「ワン・チャンス」


もしかしたら、人生は誰にも一度は巡ってくる「ワン・チャンス」をモノに出来るかどうかにかかっているのかもしれませんね。


ともあれ、お聴きになったことのない方は、公式WEBサイトで彼の美声にぜひ触れてみてください。
ニックネーム カイチョー at 22:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年01月12日

人相学

>>>前号より続く


実は、“人相学”には以前から興味を抱いており…


日本では、顔全体を3つの部位にわけ、

髪の生え際から眉の下までを「上停」、

目と鼻のてっぺんから下までを「中停」、

鼻の下から顎の先までを「下停」と呼び、



上停は、「知恵」 あるいは 「天」に、

中停は、「意志」 と 「人」に、

下停は、「愛情」 そして 「地」に、

それぞれ置き換えられることから、


知情意(知性と感情と意志。人間のもつ三つの心の働き)

天地人(世界を形成する要素としての天と地と人)

と並び説明され、占星術などとも結びついています。



西洋でも、古代ギリシャ時代に人相学の礎が築かれたとされ、「面相学」や「骨相学」等など、とても奥深い世界のようですが、

要するに、世の古今東西を問わず、日頃の生き様やモノの考え方は、そのまま表情に表れるということですね。

怒りや不平不満を抱き続けている人は、眉間に縦じわが寄ってきますし、いつも笑顔の絶えない人は、目じりがややさがり気味でえびすさんのようなお顔をされています。

まだ年若の某君は「○○さんの父上」に、まさにこのような印象を持ったのでしょう。


先日、恒例の西宮神社の十日えびすの「開門神事福男選び」が大きく報道されていましたが、“笑う門には福来る”とはよくいったもので、

決して作り笑いではなく、いつも笑顔が絶えないような心持ちで生きられるような人生を送りたいものです。

それが出来たら苦労しないって? 仰るとおりです。。


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(師、野平祐二−58歳の写真。素晴らしいお顔をされていますねえ〜
 となりの私−当時27歳−の顔がふやけてみえます もうやだ〜(悲しい顔)
ニックネーム カイチョー at 20:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2009年01月11日

リンカーン

今日、○○さんの父上に初めてお会いしたのですが、いやー、まるで仏様のような、いいお顔をされていますねえ〜

つい先日、まだ年若の某君がこんな感想を漏らし、

「そうだろー」と返しつつ、「おまえさんもなかなかやるじゃないか...」と(心のなかで)呟いていました。


その昔はよく、「40歳を過ぎたら男は自分の顔に自分で責任を持て」といわれたものですが、

実はこのことば、アメリカ合衆国の第16代大統領リンカーンのもので、ただし、正確には“男は”の部分も “政治家は”が正しいのだとか。。

たしかに、いいお顔をされてますねえ〜

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最近では、an・anが選ぶ「あなたが選ぶ好きな男」のように、“美男子(ひと昔前はハンサム?)”についての議論はかしましいものの、

“美男子”と“いい男”はまったく別モノであり、それだけに、彼の口から発せられたうえのことばには、とても新鮮な響きが感じられました。。

この項、続く>>>
ニックネーム カイチョー at 23:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年12月15日

近江八幡は世界の中心

>>>前号より続く

建築家としての名声はいうに及ばず、ハモンドオルガンやメンソレータムを日本に紹介し、私立としては初の結核療養所を造って疎外されていた結核患者を救い続けたヴォーリズ。

このような功績に加え、彼について調べていて、驚くべき史実に辿り着きました。

米人宣教師、ウィリアム・M・ヴォーリズ師はマッカーサー元帥を訪ね、天皇処遇問題で近衛文麿元首相と会談するように仲介工作の労をとった

「えっ!?」

昭和58年10月31日、東京新聞は「終戦直後に天皇とマッカーサー元帥の会見のためにヴォーリズが大きな活躍をした」という内容の記事を報じているんです。


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運命に導かれ、日本へと降り立ったヴォーリズは、38歳で華族の一柳満喜子と結婚。

太平洋戦争当時、開戦の気配が濃くなり、多くの外国人が日本を離れるなか、自らの意志で日本への帰化を選択したものの、夫妻は軽井沢に幽閉されてしまいます。


そして、日本が降伏した翌月のこと。

近衛文麿の密命をおびた特使が、マッカーサーと幼なじみだったヴォーリズを、軽井沢に訪ねています。

「天皇陛下の件でマッカーサーと話し合いたいので、その場を取り持っていただきたい」


日本と日本人を深く愛し、戦時中、スパイ容疑をかけられ、散々な目にあわされていた彼はしかし、このとき「死んでもよいご用です」と語ったとされています。


天皇自身が神ではなく、人間であることを認め、それを天下に向けて宣言する。そうして天皇を神秘的世界から解放し、日本国民とともに歩んでもらう。この考え方ならば、キリスト教を神とする連合国側の宗教観と対峙することなく、両者の妥協点を見出すことが出来る

ヴォーリズは単身、連合国軍司令部へ向かい… その数日後、近衛文麿とマッカーサーの非公式会談が実現。

マッカーサーが、日本国の統治において天皇の存在は必要不可欠とし、天皇の退位・訴追が行われなかったのは周知の通りですが、ヴォーリズはこの件については最後まで公式の場で語ることはありませんでした。

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写真(上下とも)-滋賀ガイド>>>


ちなみに、晩年のヴォーリズはサインの折、丸を書いてその中に点を打ち、これを「近江八幡は世界の中心」と説明していたそうです。 まさに、“近江商人の心意気”ですね。

この項、さらに続く>>>
ニックネーム カイチョー at 21:53 | Comment(1) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年12月14日

W.M.ヴォーリズ

先日、神戸市東灘区にある昭和初期の名建築・旧乾邸が入札にかけられ売却の予定、との報道が目に留まりました。

その旧乾邸の建築家、W.M.ヴォーリズ(William Merrell Vories)は、

滋賀県にある豊郷小学校の建て替え問題で、施設の老朽化と耐震性を理由に新校舎の建設方針を打ち出した当時の大野町長と、工事の差し止めを要求して校舎に立てこもった地元住民の対立が大きな話題となった小学校の建築家としても有名です。


建築物の品格は、人間の人格の如く、その外観よりもむしろ内容にある

米国人宣教師として来日し、滋賀県近江八幡市を拠点としてキリスト教の伝道活動に携わる一方で、近代建築の設計に大きな足跡を残したヴォーリズは、

もしも建物がその設計において、建物において、充分均整のとれたものであれば、感情的にも道徳的にも何等かの感化を与えるはずである。

その最も重要なる機能の一つは、そこに生活する人々の心の中に、洗練された趣味と美の観念を啓発することでなければならない
」、と記しています。



彼が手がけた建築物は約1,600にも上り、関西学院大学、神戸女学院の本舎をはじめ、明治学院大学の礼拝堂や同志社大学今出川キャンパス、

日本最古のゴルフ場・神戸ゴルフ倶楽部のハウスや東京の山の上ホテル、大丸百貨店心斎橋店、神戸店など等、現在でも現役として使用されている建物も少なくありません。

昨年、近江八幡市のNPO法人など9団体・個人が呼びかけ人となって、“ヴォーリズ建築文化全国ネットワーク”が設立され、今ではその建築物を巡るツアーまであるのだそうな。


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「灯台下暗し」

以前から、自宅の近所にある腰折れ屋根のコロニアル風洋館に魅せられていたのですが、
実は、この東洋食品研究所の“高崎記念館”もヴォーリズ建築のひとつだったことを知り、慌てて?撮影してきた写真がこれ↑


皆様のご近所にも、もしかしたらこの名建築家の建物がさりげなく佇んでいるかも。。


この項、続く>>>
ニックネーム カイチョー at 22:03 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年12月06日

藤沢武夫

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「撤退するのは悔しいし、残念。ファンに大変申し訳ない」

“ホンダの文化”とさえいわれたF1からの撤退は、取りも直さず、自動車産業を取り巻く環境が、それほど厳しいことを意味しているのでしょう。


本田宗一郎(以下、宗一郎※)とともに、ホンダを世界的な大企業に育て上げた藤沢武夫(以下、藤沢※)は、かつて経営難に陥ったとき、マン島TTレースやF1などの世界のビッグレース参戦を宗一郎に宣言させることで従業員の士気高揚を図って経営を立て直し、「苦しいときの神頼み」ならぬ「苦しいときのレース頼み」と語ったとされています。

※本blogでは、知己を得た場合を除いて、公人、著名人、歴史上の人物等は原則、敬称を略しています。悪しからずご了承くださいませ。


福井威夫社長の決断を云々するつもりは毛頭ありませんが、「宗一郎 -藤沢」コンビ*は草葉の陰で今、日本の現状をどのように捉えているのでしょうか。。

* 続きを読む
ニックネーム カイチョー at 22:51 | Comment(1) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年12月03日

愛ちゃん

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このたびはお騒がせして申し訳ございませんでした

遠征先のドイツから帰国したばかりの愛ちゃんを驚くほどの人数の報道陣が取り囲み、何か悪いことをしたわけでもないのに、深々と頭を下げ、うえの謝罪コメントを発する彼女をみていて、感動すら覚えました。

「偉いなあ〜」

まだ20歳になったばかりの愛ちゃんに群がる?張本人のマスコミが、
謝らなくていいのに〜」だって。。(これを“マッチポンプ”っていうんじゃあ...)

それはともかく、幼い頃からTVで泣き顔等を露出され続けた彼女が、成人したばかりの身空でこれだけの対応が出来てしまうなんて、これまでにいったいどれほどの思いを飲み込んできたことでしょう。

歳を重ねる毎に、思いを深めることもたしかにありますが、石川遼くんや愛ちゃんをみていると、やはり“選ばれし者の恍惚と不安”を感じずにはおれません。
ニックネーム カイチョー at 23:11 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年11月29日

新妻聖子

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先週末、最終回を迎えた「陽炎の辻」2。

「人は誰かに会うために生まれてくるのです。

それがしにとって、それは・・・」


坂崎磐音の最後のセリフは、前作と“対をなす”んでしょうね。

今回は番組が30分枠に短縮されたこともあり、また、磐音がとった行動や三角関係?の結末に、ファンの間では議論が沸騰しているようですが、

♪ もう一度その手で 私を抱きしめてくれますか めぐり逢えたなら ♪

前作に続き、毎回、このエンディング曲に涙した人も多かったことでしょう。


この素晴らしい歌声の持ち主は、2003年に「レ・ミゼラブル」でエポニーヌ役に大抜擢され初舞台を踏んで以降、ミュージカル女優として注目されている新妻聖子

天賦の才とでもいうのでしょうか、今後、ミュージカルの枠を超えて活躍するに違いないこの女性の歌声を、ぜひ、お聴きください。

愛をとめないで〜Always Loving You〜


PS.来年1月3日の新春時代劇で「陽炎の辻」のスペシャル版が放映されるそうです(^^)
ニックネーム カイチョー at 21:34 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年11月26日

太田光

昨夜、NHKで放映されていた爆笑問題のトーク番組が面白くて、最後は前のめりで観てしまいました。

番組の終盤、太田光がビートたけしについて語っているのを聞き、

ふと、大橋巨泉がTVで、「たけしが出てきたとき、あっ、これでもう俺の役目は終わった。あとは彼に任せればいい」という趣旨の発言をした、遠い昔のことを思い出していました。


デビュー当時から、太田光という際立った個性をもつタレントには注目していましたが、同席した田原総一郎がまるで子供にみえてしまうほどで、ますます、彼は今後の業界を牽引していくことになる、との意を強くしました。

一見して感情的にみえる発言も、かなり周到に計算しているフシもみられ、また、学生たちに対する目線がとても温かいのが印象的でした。

アンチ・ファンも相当多いようですが、体制側の太鼓持ちのような発言ばかりが目立つ昨今、彼の存在は、より重要度を増していくことでしょう。

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全くの私見です。異論も多いかと思いますが、ご容赦の程。。
ニックネーム カイチョー at 23:09 | Comment(3) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年11月18日

把瑠都

不祥事続きで空席の目立つ九州場所で、連敗スタートだったエストニア出身の把瑠都が8連勝目の給金相撲。

ブロンドヘアの大銀杏を結った彼が、流暢な日本語でインタビューに答える場面を観ていて、ふと思ったこと。


世界からやってきている外国の若者が、大銀杏を結って、日本語を学び、日本の習慣を身につけ、日本の心を祖国に伝えてくれている。。

これって日本文化を世界に発信するまたとない機会になっているのでは…


もちろん、強い日本人力士の台頭が望まれるところではありますが、これからは少し見方を変えて、彼ら各国親善大使の活躍に期待しましょうか。
ニックネーム カイチョー at 22:44 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年11月11日

宇宙飛行士

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再来年に打ち上げ予定のスペースシャトル「アトランティス」に日本人宇宙飛行士・山崎直子さんの搭乗が決まったとの報道が。。


候補に選ばれてから9年。

この間に結婚〜出産も経験し、仕事と家庭を両立させながら、ついに夢を実現した彼女は幼い頃、「宇宙戦艦ヤマト」などのアニメに影響を受け、

中学生のとき、「チャレンジャー」の事故を目の当たりにして、亡くなった女性教師クリスタ・マコーリフさんら、命をかけても宇宙に行こうとしている人たちの尊い志を継ぎたい、と決心したのだそうです。


自分の子どもが生まれたことで、あらためて1人1人の命が、かけがえのない大事なものだと感じます。そういう子どもたちに、美しい地球を残してあげたい、そのためにも、宇宙の仕事に関わることで何か貢献できれば…


会社を退職してまで彼女の米国での訓練に付き従って渡米したご主人ともども、ただただ頭のさがる思いです。
ニックネーム カイチョー at 22:24 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年11月08日

ジャーナリスト

折に触れ、足を伸ばす公園に立ち寄ってみると、今が盛りとばかりに木々の葉が紅や黄、オレンジなど、色とりどりに染まっています。

いつもこんなに感動していたかしら、と思うほどの美しさに、思わず携帯を取り出し…

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「えっ!?」

昨夜、朝日新聞社を退社後、長年にわたって「ニュース23」のメーンキャスターを務めた筑紫哲也さんが逝去されたとの報道が。。

最後は全身にガンが転移し、激しい痛みとの闘いだったそうです。


私を含む東京に住む者の多くの人たちが、いずれ東京には地震が来るだろうと思っていますが、それで自分がやられるとは思っていない。

いずれ原発の事故が起きるかも知れないと恐れている人もわが身にチェルノブイリのようなことがふりかかるとは思わない。

人間というのは自分だけが別だと思いたがる生き物であります。


(以下、省略)

時折観る「多事争論」は、いつも考えさせられる内容が多く、とくに昨年のガン告知の際の、うえの冒頭コメントはとても印象的なものでした。


常に少数派であることを恐れない

とかく批判されることも多かったようですが、本来のジャーナリストとしての矜持を秘めた方だったと思います。


故人のご冥福をお祈り申し上げます。
ニックネーム カイチョー at 20:43 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年10月24日

大改造!!劇的ビフォーアフター

「長い時間と風土の中で育まれた民家は、残るべくして残った究極のデザインであり、何よりも美しい」 (降幡廣信氏著「古民家再生ものがたり」より)


不思議なもので、興味を持ちはじめた途端、

それまでは気にもとめなかった事柄に自然と目が入るもの。。

ここにも、古民家を利用したお食事処がありました(写真下)

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古い町並みの景観保全に資することはもちろん、“宝物”ともいえる高級古材がふんだんに使われている古民家の再生は、新建材によるシックハウス症候群や、木材の過剰伐採による山の荒廃等などの環境破壊抑止にも直結します。

年間一万戸を超える古民家が失われているという現状にあって、

ひょんなご縁で、TV「大改造!!劇的ビフォーアフター」で“節約リフォームの説法師”と称された、地元・兵庫の建築士にお会いする機会を頂きました。

電気やガスに頼らず、人間の活動も日が昇れば動き、沈めば休む。便利さに慣れた現代社会の限界を知ることで、生きるために何が必要なのか、まきの火を見ながら考えたいと思うのです

う〜ん... ほんとうに、いろいろと考えさせられます。
ニックネーム カイチョー at 23:10 | Comment(4) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年09月23日

男の引き際

「勝負の世界には結果責任がある。夏以降、私の体調が良くないのが選手に乗り移ってしまった。チームの流れを変えるために監督交代がなくてはならないと思った」

福岡ソフトバンクの王貞治監督が今季限りで勇退することを表明されました。

先日の辞任表明とコメント内容は似ているものの、

2006年に胃の全摘手術を受け、今季も定期的に栄養補強の点滴を受けながら指揮を続けてきた王監督を責める国民はひとりもいないでしょう。。


1976年10月、ベーブ・ルースに並んだ714号、翌日の715号。

翌1977年、ハンク・アーロンに並ぶ755号、そして756号の世界新記録。

その直後に国民栄誉賞第1号を授与されたのは今も記憶に鮮やかです。

監督としても巨人を率いて1987年にリーグ優勝。

ダイエーからソフトバンクでは2度の日本一に輝くなど、

チームを優勝争いの常連に育て上げ、1959年に早稲田実高から巨人に入団してから丸50年もの長きにわたって、私たちに夢と希望を与え続けてくれたワンちゃんに、心からの感謝と御礼のことばを述べたいと思います。

長い間、本当にお疲れ様でした。そして、有難うございました。


また、本日は川崎で開催されたセイコースーパー陸上の男子100メートルで朝原宣治選手が日本選手最高の3位に入り、見事、有終の美を飾りました。

素晴らしいラストランでした。


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奇しくも、二人が発した最後のことばは、

「私は(僕は)幸せ(者)でした」

男の引き際”について、考えさせられる秋の夜長です。。
ニックネーム カイチョー at 23:02 | Comment(0) | TrackBack(1) | 人・人生

2008年09月03日

来客

「明日はなるべく午前中に電話します!」って、

いきなり「出張で、今、大阪でーす」はないやろ... ふらふら


N氏曰く、「そもそも、会おうなんて考えてませんでした」とのことでしたが、

(ときに、相手の都合を斟酌せずに、ご自分の予定を入れ込もうとする方がいるもんです。えっ?、「それはあんたや!」ってか!? ・ ・ ・ もうやだ〜(悲しい顔)

時期が時期だけに、この突然の来客と、

少し込み入った話をしておく必要もあろうかと。。

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そして今、予定を変更して、

大暑でもご紹介した「きし」さんにお邪魔しています わーい(嬉しい顔)

好物の“うな丼”に頬を緩ませているのがその御仁。

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おーっと、途中からこんな御仁も加わりました。


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ニックネーム カイチョー at 22:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年09月02日

神戸大使

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N氏撮影−松島−©SHISHINKAI


先月の21日、日野原重明*氏が神戸の魅力を国内外に紹介する「神戸大使」に任命され、その委嘱式と記念講演会が神戸文化ホールで開催されました。


各報道によれば、同氏は、「1914年から16年間を神戸で暮らし、小中学校時代は須磨海岸で海水浴をしたり、諏訪山へキャンプに訪れた」 とのことで、

『命の大切さ』 をテーマにした講演会では、

本当に大切なものは、目には見えない。空気や風と同じで命も見えないが、その大切さを子どもに伝えるのが大人の役目」と、ご自身の哲学を披露されています。


さらに、その後の神戸パイロットクラブの設立5周年記念式典では、

ボランティアの精神は、日本に昔からあるペイバック=恩返しではなく、ペイフォワード=受けた無償の行為を違った方面に展開する行為であり、子どもや孫にその行動を見せることの大切さ」 を訴えられたのだとか。。


「素晴らしいなあ...」 


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日野原氏といえば、よど号ハイジャック事件に遭遇し、「ハイジャック」の意味を知らなかった乗客の為に自ら手を挙げ説明した武勇伝や、

東京大空襲の際、満足な医療が出来なかった経験から、聖路加国際病院の新病棟を大災害や戦争にも機能出来る病棟として建設 ― 

その直後に起こった地下鉄サリン事件では、全ての外来受診を休診にして被害者を受け入れた顛末がNHKの「プロジェクトX 〜挑戦者たち〜」でも取り上げられたことなどでも有名で、一度はお会いしてみたいと思っていたのですが、

実は 揺れるハート 平野貞夫先生の「ジョン万次郎に学ぶ」を読んで感銘を受けた日野原氏が、平野先生に書簡を送られたのをきっかけに交流がはじまっています。


ジョン万次郎ゆかりのホイットフィールド船長の家が競売に出されたのを知って、マサチューセッツ州フェアヘブンを訪問し、記念館として使用する予定の自宅を購入するとともに、

記念館の完成後、これを同町に寄贈し、その運営を現地NGOに委託する旨の文書に署名された日野原氏は、米国新政権発足後初の総理訪米の際に、日米両首脳による同記念館訪問の実現を目指しておられるとのこと。


平野先生によれば、

わしなんかまだ子供みたいなもんだよ」 ・・・


なるほど、私と平野先生は亥年生まれで干支がふたまわり違うんですが、

日野原氏はその平野先生の、さらにふたまわり上の亥年生まれ がく〜(落胆した顔)


すでに100歳までのスケジュールがびっしりと詰まっているそうで、

“凄い”という表現を遥かに超えてしまっています。

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昨晩の福田首相の辞任には、ほんとうに呆れてしまいました。

これがわが国の最高責任者かと思うと悲しいです。



今朝、仲間からのこんなメールが届きましたが、

この国には、生きるお手本のような方々がまだまだ大勢いらっしゃいます。。



*続きを読む
ニックネーム カイチョー at 21:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年08月31日

いつかきっと

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N氏撮影−グランドキャニオン−©SHISHINKAI


日テレ系の「24時間テレビ」、もう31年目なんですね。

久しく観たことがなかったんですが、

今年はマラソンランナーにエド・はるみが選ばれたこともあり、チャンネルを合わせてみたところ、スタート前に思わぬ宣誓が…


24時間テレビのマラソンランナーに選ばれたい、選んでほしい、そう勝手に夢に描いた6年前、私は役者を志しておりましたが、そんな私を知る人はほとんどおりませんでした。

そんな無名の私にそんなチャンスが巡ってくるはずもなく、その夢が叶う可能性はほとんどゼロに等しいものでした。

しかし、私はそんな大きすぎる夢を、勝手に自分で抱きながら、今から申し上げる3つのことを常に心がけていました。


1つ、いつかきっといつかきっと、と心に思い続けること

2つ、その気持ちを胸に、少しずつでも動き始めること

3つ、決してあきらめず、その夢が叶うまで、努力し続けること


この3つの約束が私を24時間テレビのマラソンランナーに指名していただけるきっかけとなり、夢を叶えさせてくれました。

人は命ある限り、その可能性は無限です。私は、それを体で表したく、これから113kmのマラソンを走り続けます。

そして、その姿をご覧くださっている皆様が、ほんの少しでも、明るい気分になってくださったら、ほんとに嬉しいです。



素晴らしい。ホントにまじめな女性なんでしょうね。

最後まで沿道の人々に感謝のことばを述べながらの113kmでした。



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ふたたび、彼女の宣誓に戻ります。

人は、命がある限り、いくつであっても、いつからであっても、変わることができる。伸びて成長し続けることができる。

そのことをお伝えしたく、私は走り続けます。エド・はるみ、その目的に向かって走り始めます。どうぞ皆様、最後までよろし手(グー)
ニックネーム カイチョー at 21:31 | Comment(4) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年08月28日

アフガンの土になる

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N氏撮影−ゆり−©SHISHINKAI


誰もが行きたがらない所に行き、誰もがやりたがらないことをする

(ペシャワール会の活動理念)


1984年、中村哲医師のパキスタンでの医療活動を支援する目的で結成され、現在はパキスタン北西辺境州・アフガニスタンに1病院と2診療所を運営し、

加えて今世紀最悪の干ばつに見舞われたアフガニスタンの村々で約1,600ヶ所以上の水源確保作業を継続しているそうですが、昨夜、26日に拉致されたペシャワール会の伊藤和也さんが殺害されたことを確認した、との一報が…

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アフガンの土になる

生前、そう話していた31歳の伊藤さんのアフガニスタン生活は4年8ヶ月にも及び、50℃を超える暑さのなか、お茶やサツマイモの栽培技術などを伝えることでアフガニスタンの人々の生活を安定させ、ケシの栽培など麻薬密造阻止につながる活動をしてきたと伝えられています。



今夕(現地時間28日午前11時)、伊藤さんが暮らしたブディアライ村では、住民主催の葬儀が行われたそうで、彼が現地の人々の生活に如何に溶け込んでいたのかが偲ばれますが、天皇、皇后両陛下はコンサートの鑑賞予定を取りやめ、伊藤さんのご両親と同会に弔意を伝えられました。


同じ日本人として彼を誇りに思い、心からのお悔やみを申し上げますとともに、そのご冥福をお祈りいたします。
ニックネーム カイチョー at 21:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年08月25日

女性の時代

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N氏撮影−ハイビスカス−©SHISHINKAI


先週、8月8日にご尽力を頂いた女性陣と懇親する機会を得て、各分野で活躍する美しい人たちに囲まれ、とても楽しいひとときを過ごすことが出来ました。


“21世紀は女性の時代”といわれるものの、女性の潜在的な能力は、さまざまな社会的制約のなかで、その機会を阻まれることも多かったと思いますが、

世界で活躍するには不可欠な語学力でも目をみはる方々が数多く、あらためてそのことばを実感する時間となりました。

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今回の北京五輪で、2日間を413球の熱投で金メダルを獲得したソフトボールの鉄腕・上野由岐子選手も、そんな日本女性の象徴的な存在かもしれません。

中学生の卒業式の答辞で、

ソフトボールで五輪に出て感動を与えたい」、と誓ったという上野選手は、

会のテーゼ、【己を信じ、人を信じ、夢を信じ、実践する】の体現者でもあります。



世界経済フォーラム(2006年)によれば、「男女格差報告」で、日本は法制度上の男女差はないものの、世界115カ国中79位 ふらふら と、途上国並みの評価。。

これからは、より積極的に女性リーダーたちとのコミュニケーションをはかり、世界と対等に勝負できる“大和撫子”の育成にも微力を尽くしたいと考えています。
ニックネーム カイチョー at 22:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年08月14日

餓鬼道

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N氏撮影−日本庭園−©SHISHINKAI


亡き人を偲ぶだけでなく、自らの行いを省みる機会でもあるお盆が今年もやってきました。

お釈迦さまの弟子・目連尊者の母親は生前の吝嗇*餓鬼道に落ちてしまい、その母親を救うために行われた供養がお盆の始まりだといわれますが、私たち一人ひとりの誰しもが、餓鬼道に陥る可能性を宿しているのではないでしょうか。


2大会連続2冠の偉業を成し遂げた北島康介選手に対してでさえ、

世界記録を更新できなかったことに物足りなさを覚える雰囲気や、息をつく暇も与えず“3連覇の可能性”について論じるメディアもあって、つくづく人間の欲というものは止め処もないものだと痛感しています。

「ええ加減にせーよ ちっ(怒った顔)

そんな報道に怒りさえ覚える一方で、

目がない事柄については、宮崎駿のヒット作「千と千尋の神隠し」の両親のように、豚になってしまわない自信があるとは、今でも言い切れません ふらふら


*ひどく物惜しみをすること。また、そのさま。けち。
ニックネーム カイチョー at 22:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年08月12日

断念

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N氏撮影−波照間島−©SHISHINKAI



走りたいという思いは消えません。

しかし、現状を認識すれば出場を断念せざるを得ません ―




「なんと...」

先ほど、北京五輪で二連覇が期待されていた野口みずき選手が、左足の肉離れの経過が思わしくないとして出場を断念したとの一報が…


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昨夏、ひょんなことからダイエット&マラソンを宣誓し、12年ぶりにマラソン完走を果たすべくトレーニングを開始。

(ちょうど昨年の今頃は、減量の最中で生きた心地もしませんでした)

その後、10月には200kmを超える距離を走り込みましたが、彼女の練習メニューをみると、あの頃の練習量のおよそ50倍 がく〜(落胆した顔) (聞いただけで卒倒しそうです)



あの子が一番苦しんでいる。掛ける言葉が見つからない

父・稔さんのコメントが載っていましたが、本当にかけることばも見当たりません。


これまでの血の滲むような努力に心からの敬意を表するとともに、彼女の将来に幸多かれと願わずにはおれません。。
ニックネーム カイチョー at 22:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年07月06日

松下幸之助

昨日のblogを補足します。


世の為人の為、老若男女問わない番組を―

松下幸之助の方針で、毎週月曜日の午後8時からTBS系列で放送されている“ナショナル劇場”枠では、1956年から半世紀以上、「水戸黄門」をはじめ、勧善懲悪をテーマとする時代劇を中心に番組制作を行っています。

“悪事を働けば成敗される”という道徳観が急速に薄れてきたのに符合するかのように時代劇の数も激減し、CM評論家を自任している私も、最近はNHKにチャンネルをあわせてばかり。。


先週、ルーマニアの上院で、“暗いニュースが多過ぎて人々を病ませているとして、もっと楽しいニュースを流すよう、テレビ局やラジオ局に命じる法案を可決した”との報道がありました。


暗いニュースが“極めて有害で、健康に取り返しのつかない影響を与える”との主張はもっともであり、本blogでも何度か触れたテーマですが、

願わくば(“セクハラ”がモラルでなく、法規制の対象になってしまったように)、立法府がこんな法案を提出するまえに、松下幸之助のように、

番組スポンサーが視聴率に阿ることなく、その企業理念・哲学に基づいた番組の制作や提供を増やしてくれることを切望しています。
ニックネーム カイチョー at 21:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年06月19日

星野知子

「えっ、ホンマ exclamation&question ・・・」

私より一歳年長で、その昔から、清楚で知的な雰囲気が漂う星野知子さんが出演する番組は好んで観ていましたが、先月の12日、4歳年下の新聞記者と入籍されていたんですって。。

彼女の公式コメントは以下の通りです。

今月、12日に入籍を致しました。遅ればせながら…、ようやく私にも適齢期が訪れたようです。人生後半を、共に歩んでいける人と巡り会えたことに感謝しております。

2008年5月21日 星野知子

人生の妙とでもいいましょうか、あるときにはあるんですね、こんなことが…

長岡人の彼女の実家は2004年の中越地震で全壊し、その木材を「将来、家を建てるときのために」と、大切に保管していたのだとか。。

新居は来年、鎌倉に構える予定とのことで、いろいろと大変なこともあるでしょうけれど、きっと、素晴らしいご家庭を築いていかれることでしょう。


彼女の将来に “幸多かれ” と祈ります。
ニックネーム カイチョー at 21:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年06月18日

名人

昨日、将棋の名人戦で羽生善治王将が森内俊之名人を破って十九世名人の資格を獲得したとの報道に目が留まりました。

終局直前、“駒を指す指先が震え、盤上の駒が乱れた”と記してあり、「やってるな(^^)」と。。

実はこの春、NHKで放映された番組で、“勝負の山場、一手のミスも許されない瀬戸際に立ったとき、羽生の手が震える”というクセ?の背景を追いかけていたのです。

対局中に襲われる不安や雑念を取り払い、澄み切った心で盤面に向かうよう、自らを戒めるのですが、なぜか勝負の山場に差し掛かると指先が震え出すという彼は、25歳という若さで7冠達成という頂点を極め、目標を見失ってしまいます。

タイトル1冠にまで落ち込んだ時、見慣れたはずのベテラン棋士たちが真摯に将棋に打ち込む姿を見て、ハタと、「才能とは、一瞬のひらめきやきらめきではなく、情熱や努力を継続できる力」だということに気づき、「勝ち負けだけにこだわらず、生涯をかけて自分の将棋を極める」と心新たに対局に挑むのでした。

その番組の最後で、「プロフェッショナルとは?」と問われた羽生はこう答えています。

やっぱりなんかこう揺らぎない人、揺らぎない人だと思っています。変わらないというか、核があるというか、信念があるというか、誇りがあるというか、つまり本当に大事にしているものを守り続けている、信じ続けているということではないかなあと思います。

素晴らしい番組でした。

オセロやチェスではすでに名人と互角以上に戦えるコンピューターソフトが出現し、人類にとって最後の牙城ともいえる将棋ですが、レジャー白書によれば、将棋人口は1985年度の1680万人から、2006年度で710万人と大幅に減少しています。

へっぽこ将棋しか指せない私が声高に叫んでもあまり意味ありませんので わーい(嬉しい顔) 、羽生名人の今後ますますの活躍を期待したいと思います。
ニックネーム カイチョー at 21:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年06月09日

オードリー・ヘップバーン

先ほど、たまたまTVで、人間国宝の江戸小紋染師が、これまでお会いされなかでもっともだった人は?と問われ、「オードリー・ヘップバーン」と答えられたのを観てビックリ がく〜(落胆した顔)

“本物はホンモノを知る”といわれますが、以前、本blogの「エレガント」で取り上げたこともある彼女が晩年(失礼!)、彼の染色工場を訪れた際の印象が、まさに「粋の見本のような人だった」ということです。

「なるほどなあ〜」

ネットで検索してみると、さすがは人間国宝、数多の情報を得ることできました。

なかでも、全国ボウリング公認競技場協議会に掲載されたインタビュー「人間国宝代はもらわない」はとても印象的でしたので、以下にその一部をご紹介します。


値段に国宝代は含まれていないかだって。

そんなのもっての外だよ。29年前に認定されたとき、

あたしはうちの品物を扱ってくれているデパ−トや呉服屋に電話して、

「人間国宝の名前で売れ行きが上がるかもしれないが、売値は変えないでくれ、値上げするんだったら商品を引き揚げますよ」 と言った。

物も人間も同じなのに、値段だけが急に変わるのはおかしいでしょう。
ニックネーム カイチョー at 22:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年04月29日

天皇誕生日

みどりの日だとか、昭和の日だとか、数年でコロコロと変わったことも影響しているのか、4月29日は今でも天皇誕生日だと、ふと錯覚してしまいそうです。

ふりかえりますと、歴代最長の在位62年もさることながら、昭和天皇ほど波乱に満ちた生涯は古今東西にも皆無といえるのではないでしょうか。


そのご足跡をしのびつつ、思いついたことをつれづれに。。


昭和天皇が最初に民間人を詠んだのが南方熊楠。

(詳しくは熊野古道に譲ります)

生物学に造詣の深かった昭和天皇は、早くから南方の粘菌研究に、深い関心を寄せておられました。

1929年、和歌山県田辺に行幸された昭和天皇に南方が献上した粘菌はなんとキャラメルの空き箱*に入れてあり、後年、昭和天皇は側近にその一件を楽しげに語ったと伝えられています。

*皇族にモノを贈る際は桐の箱が常識で、また当時は平民が直接皇族に手渡すことは許されていませんでした


また、男はつらいよの大ファンで、ビデオを全巻お持ちだったという逸話も、そのお人柄が偲ばれるようなエピソードだと思います。

気がつけば、はや平成20年 ― “昭和は遠くになりにけり”ですね。。
ニックネーム カイチョー at 22:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年04月19日

松居一代

先日、顔面へ硬球を受け、鼻骨陥没骨折で全治1ヶ月の重傷を負った女優の松居一代が予定通り始球式に出席したとの報道に、

「ほんと、転んでも只では起きない人だなあ〜」

思わず苦笑しつつ、実は今、かなりこの人に惹かれています。


お掃除オバサン(失礼)として世間に広く認知され、ペーパーダスターに輪ゴムを巻き付けただけのマツイ棒がかなりの売れ行きで、

最近ではマツイぞうきんなるものまで発売されているそうですが、彼女がいつも輝いてみえるのは、やはりお掃除によるところが大きいのでは...


事務所を訪問した際など、書類等がきちっと整頓され、トイレの清掃等も行き届いているところは、やはり業績に直結しているように、

彼女のように身の回りや部屋をきちんと掃除できる女性なら、いい伴侶になること請け合いです わーい(嬉しい顔)

(ただし、あなた自身もそうであることが前提になるかもわかりませんが…)
ニックネーム カイチョー at 22:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年04月03日

桑田真澄

>>>前号より続く

「ふーん、そうなんや〜」


ところが…

さらに調べていくうちに、「早生まれは学歴でもわずかに不利」という統計分析をまとめたレポートが話題になっていたり、

最近では、クラス編成を4〜7月生まれ、8〜11月生まれ、12〜3月生まれで分ける学校もあるのだと知って、思わず絶句。

この世に生を受けた限り、(残念ながら)あらゆることに多少の有利‐不利は、あるのが当たり前。

もっと大らかな心で子供たちの成長を見守っていきたいものです。

そもそも、世界を基準においてみれば、「100人の村」でも記したように、私たち現代日本人がどれほど恵まれた環境下にあるのかは歴然です。


ちなみに、先ごろ引退を表明した桑田真澄4月1日生まれで、正真正銘の“最後尾の早生まれ”。

身長も175cmとプロ野球の世界ではもっとも小柄な部類であり、かつ消耗の激しい投手でありながら、40歳目前まで現役を続けてきた彼のファイティング・スピリッツに、心からのエールを送りたいと思います。
ニックネーム カイチョー at 20:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年03月20日

エド・はるみ

一月ほどまえのこと。一見、上品そうな淑女が突如、目を見開き、親指立てて、「グ〜 !

な、なんじゃ〜 目

以来、何度かエド・はるみの一発芸?を観る機会がありましたが、

いや〜いいですねぇ彼女。。(好き嫌いが分かれるタイプかも知れませんが…)


聞けば、マナー講師の仕事をしていた時期もあったそうで、お世辞にも上品とはいえないネタを、羞恥心の欠片も感じさせないほどふっ切って演じられるのは、土台がしっかりとしているからこそなのでしょう。 

(なんと、男はつらいよにも出演されているんですね!)


この方は、たんなる一発屋さんではなく、遅咲きの異色マルチタレントとして、これから息の長い活躍をしていかれるのではないでしょうか。

まだご存知ない方はぜひ一度、あの“ドン引き”芸をご覧いただきたいと思います。


ここしばらく、「グーググーググー・・・」が耳から離れません...
ニックネーム カイチョー at 10:57 | Comment(0) | TrackBack(1) | 人・人生

2008年03月16日

特例ではなく、先例になりたい

―カンボジア復興支援国際チャリティーレース―

こんなキャッチに惹かれて、「2008千里国際チャリティーラン」にエントリー。

そして今朝、有森裕子さんが主宰する“ハート・オブ・ゴールド”を冠に戴いたこのレースの「男子10キロシニア」の部に参加してきました。


ひとの気持ちというのは不思議なもので、このレースに照準をあわせ、週2〜3回のジョギングを重ねてきましたが、“走らなければならない”モードではなく、

また、完走や目標タイムを誰かに宣言していたわけでもありませんでしたので、昨秋の三度のレースとは打って変わって、数日前から、この日を迎えるのがむしろ楽しみでした。


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この間の調整もうまく運べることができ、序盤から、かなりオーバーペースとも思えるラップを刻みながら、“心臓破り”の丘に向かう道中のこと、

ファイットー!」 

はるか前方から、トップ集団を走っていたはずの有森さんの声が聞こえてくるではありませんか。

と、、

一般ランナーを鼓舞しながらハイタッチを行っていた彼女が、ちょうど私たち(5〜6人)のところで踵を返して伴走をはじめ。。(よほど苦しそうな顔をしていたのでしょうか…)

さらに、

少し肩に力が入り過ぎ! もっと腕をこう、楽に振って

と、並走しながらの技術指南?まで頂戴しました わーい(嬉しい顔)



ほんの数百メートルくらいの間でしたが、

日本の女子陸上選手で初めて二大会連続の五輪メダル獲得し、

初めて、自分で自分をほめたいと思います

96年の流行語大賞にも選ばれた、あの名言に涙した私たちの世代にとって、憧れのアスリートの伴走は本当に心強いものでした。


しっかり腕振ってーっ!

彼女の声を背中で受けながら、“心臓破りの”古江台の丘を駆け上がり、その後もペースは落ちることなく52分台*でゴール。*公式タイムは後日発表とのこと)


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特例ではなく、先例になりたい

こんな彼女の行動が悪辣なバッシングにさらされた時もありましたが、

そのまぶしいほどの笑顔が、充実している“現在”を物語っているかのようでした。
ニックネーム カイチョー at 21:04 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年02月28日

フレッシュマン

今夜も若い人達と夕食をご一緒する機会に恵まれました わーい(嬉しい顔)

なかでも、この春から社会人になるというフレッシュマンは、相対した私の、箸を動かせるいとまも与えないほどのマシンガントークに怯むでもなく、両手一杯に抱え切れないほどの夢と希望に瞳を輝かせておられました。


若いってことは、ただそれだけで素晴らしい

ちょうど彼と同じ年頃のとき、そんなことばを投げかけられ、

「あんたにも等しく同じ時間が与えられてたんとちゃうんかい ちっ(怒った顔)

と、心のなかでつぶやいていたことを思い出し、彼に吐きかけたそのことばを飲み込みましたが、50歳を目前にして、その意味を、今あらためて実感するとともに、若い人達の未来が幸多きものでありますようにと、心から願わずにはおれません。
ニックネーム カイチョー at 21:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年02月10日

時の移ろい

一昨日の夜、大阪駅に程近い商業施設「ハービス・エント」7階に常設された“大阪四季劇場”(写真)で「オペラ座の怪人」を観劇してきました。

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2003年9月、福岡での公演を最後に、この舞台に足を運ぶことから卒業したつもりだったのですが、人のご縁で、大阪に常設された四季劇場で演じられている「オペラ座の〜」が大人気を博し、公演の延長が決定したのを幸い、チケットを入手することに相成り…

緞帳が開くまでは、巷の不況風もものかは、若い女性を中心に、大阪でもこれだけのお客様で連日満員になっていることに驚き、また、20年前の自分自身の姿を重ね合わせ、しばし感傷に浸っていました。

そして、舞台。。


いやあ〜、佐野正幸は素晴らしかった。

スラっとした細身の体に燕尾服がよく似合い、その素晴らしい声と歌唱力にすっかり魅了されてしまいました。


ファントム役は、たしか、過去にもキャスティングで見た名前だったよなあ。。

忙しさにかまけ、その程度の認識で出かけたため、帰宅後、過去の履歴をふりかえってみると…  なんと、彼は私がはじめて観た初演にもヘア・ドレッサー役で出演しており、その後も、ラウル役などで、これまでに何度も彼の演技を目の当たりにしていました。


稽古時もふくめると、ラウル役として唯一人、市村正親をはじめすべての怪人役と共演しているのだとか。。

かつて舞台の袖にいたアンサンブルの一人の、目を見張るほどの変貌ぶりに、あらためて時の移ろいを実感するひとときとなりました。
ニックネーム カイチョー at 19:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2008年02月02日

プロポーズ

080202.jpg
−Rena Inoue & John BaldwinのWEBサイトより−


先週末のこと、全米選手権に出場したフィギュア・スケートの井上怜奈選手が、ペアの相手から氷上でプロポーズされ、「YES」・・・

演技を終え、観客たちにあいさつをして控え室に戻るところで、井上の8年間のパートナーであるボルドウィンが突然、片ひざをつき、

僕はこの8年間彼女に対して何を思っていたか伝えて、彼女こそが生涯を共にしたい女性だって伝えたんだ

(ふたりのWEBサイトが、またいいですねぇ)


ちなみに、プロ・スポーツ選手が試合中にプロポーズをする前例はほとんどないとのことで、たしかにロマンチックな話ではありますが、衆人環視の前でのプロポーズを“諒とする”かどうかは意見のわかれるところかも…


そんなことを考えていると、ある関連記事が目に留まりました。

ALL About によると…
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ニックネーム カイチョー at 20:15 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2007年12月04日

責任

昨夜、TVをつけたとたんにダルビッシュが逆転2ランを浴びてしまい。。

はからずも、あの7回の攻撃をまんじりともせずに見守ることになりました。


------
「選手たちは頼もしかったね...」

試合後のインタビューで、思わず絶句してしまった星野監督。

長嶋・巨人終身名誉監督 〜 王・ソフトバンク監督。 あの「ON」の後を受け、“日の丸”を背負う重圧はいかばかりだったことでしょう。




ふりかえってみると、無死満塁で「カウント 1−2 になってひらめいた」という、まさかのスクイズだけでなく、


メンバーの選考過程では渡辺俊と高橋尚を最後に外し、

「通告する日に2人がブルペンに入り、投球練習をした。つらくて、つらくて見ていられなかった」と告白、


21歳の涌井、22歳の成瀬、21歳のダルビッシュを並べた先発ローテには、

「これから日本の野球界を背負っていく男たちに託しました」

と説明した星野監督でしたが、関係者によれば、

「ベテランを投げさせて打たれたら、それはベテランの責任。しかし、若手を抜擢して打たれたら、それは監督の責任だ。その責任を負える所が、星野さんの真骨頂なんです」



“責任”のあり方について、かしましい議論がとびかう昨今、久しぶりに観る“ホンモノ”の横顔に、思わず胸が熱くなってしまいました。



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ニックネーム カイチョー at 20:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2007年10月25日

美輪明宏

目標体重:68.0kg
目標までの残り:-2.9kg
[ダイエットグラフ表示]
一回目測定
体重:70.9kg
BMI:24.2
昨年に引き続き、大阪のシアター・ドラマシティで開催された美輪明宏音楽会 ― <愛> L'AMOUR ― に足を運びました。



あなたは、唄を聞いて涙を流したことがありますか?

ひとつのお芝居のように、美輪明宏の唄には溢れる愛のドラマがあります。

選曲はもとより美術・照明・衣裳に至るまで、毎年趣向を凝らし繰り広げられる美輪明宏ならではのドラマティックにして、ゴージャスで叙情溢れる<楽しく 優しく 励まされ 勇気づけられる>音楽会。

あなたを大きな愛で包みます。乞うご期待!!




今年も、こんなキャッチフレーズそのままの、素晴らしい舞台でした。



圧倒的なオーラと存在感で、現在、この方の右に出る芸能人はいないといわれる、生ける伝説・美輪明宏さん。

ご興味のある方は、是非とも一度、劇場に足をお運びいただきたいと思います。


071025.jpg



人間は肉体と精神とでできています。

肉体を維持するためのビタミン剤や栄養補助食品は過剰なくらい出回っているし、それらのものに関しては、あなた方もとても敏感に反応する。

なのに、もう一方の精神を健やかに維持するものに対して、あまりに無頓着です。

では、精神におけるビタミン剤や栄養補助食品に匹敵するものは何か?

それこそが「文化」なのです。

ですから、それが欠ければ、当然精神的栄養失調が起きます。

いたずらにイライラしたり、焦りを覚えたり、落ちこんでみたり、自信をなくしたり、理由のない怒りがフツフツと湧きあがってきたり・・・

そんな経験があるとしたら、あなたの心が飢えている証拠でしょう。





いよいよ、減量も最後の追い込みですが、これで少なくとも、精神的栄養失調 !? をきたすことなく、来月下旬のフルマラソン本番まで突っ走れそうです わーい(嬉しい顔)



「ROAD TO FUKUCHIYAMA」本番まであと29日

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ニックネーム カイチョー at 21:33 | 普通普通 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2007年10月14日

西郷さん

目標体重:68.0kg
目標までの残り:-2.7kg
[ダイエットグラフ表示]
一回目測定
体重:70.7kg
BMI:24.2
今朝、上野で知人と朝食をご一緒することになり、本郷を出て、散歩がてら、ブラブラと歩いて駅に向って歩き始め・・・ 日曜日とあって、街は閑散としており。。


こうして歩いているだけで、本当に気持ちのいい季節になりました。

(今後は、ますます減量が厳しくなりそうですが...)


久しぶりにアメヤ横丁を通って、上野恩賜公園内にある西郷さん−写真−の像に対面してきました。


名匠・高村光雲の手によるこの作品は1897年に竣工され、

その除幕式に招待された西郷夫人糸子が、

やどんしはそげなお人じゃごわはんじゃした(うちの人はこんな人ではなかった)

といって、周囲の者を ふらふら させてしまったという逸話が思い出されます。


071014.jpg


今となれば、にわか信じ難い話なのですが、当時、西郷さんといえば「西郷どん」とか「吉之助」で通っていたため、誰もその名前を記憶しておらず、

“本名は隆永(たかなが)

王政復古の章典で位階を授けられる際、同僚が間違えて“実父”の名を届け出てしまい、それ以後、父の名を名乗りはじめたんだそうな。。

(器が違い過ぎます。 というか、本当に“無私”の人だったんでしょうね)



※ 私がアメヤ横丁を通り抜けた少しあと、飲食店や靴店が密集する一角で発砲事件があり、背後から背中を撃たれた男性が亡くなったのだとか。。

あたりまえのことなのですが、本当にいつ、どこで、なにが起こるのかは、誰にもわかりません。


「ROAD TO FUKUCHIYAMA」本番まであと39日

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ニックネーム カイチョー at 22:08 | 好調好調 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2007年05月09日

プロレスラーの凄さ・2

>>>前号より続く

人間の血液量はおよそ体重の1/13、死の危険はその1/3といわれます。

藤波の体重(およそ90kg)に換算すると、比重を考慮して約2.4g、その程度の量は優に失われていたと思います。

------
さて、藤波VSゲレロ戦の翌春、成人式を終えたばかりのこと。

そのころの私は日々、多種多様な廃棄物を作業車で収集することを生業にしていました。

その日は、4t.深ダンプ*に古いプラスチック製回収箱を積み上げており・・・

山積みされたトラックダンプに、上司はなんとか残った回収箱を、さらに積み上げるよう指示(こんなときは事前にイヤ〜な感じが漂っています)。

そりゃ無理やで…

そう思いつつも、再び積み上げはじめた矢先のアクシデントでした。

回収箱−回収箱−

突然、その回収箱の山が頭上に崩れ落ちてきました。

箱の山をかき分け顔を出した私をみて、一瞬、仲間たちがたじろぎました。

「大丈夫か!」

と、ヌルッとした感じがあり、作業着にポタポタと血がしたたりはじめ...

どうやら回収箱のカドが頭を直撃し、血が吹き出している様子です。


ただ、頭よりもむしろ肩や腕の打ち身のほうが痛いくらいの私は、数ヶ月まえの藤波の勇姿を思い起こしており、

とっさに首に巻いていた手ぬぐいを鉢巻状態にして、「とにかくやってしまいましょう」と、さらに作業を続ける気でいました。

ところが、その手ぬぐいも、瞬く間に鮮血で染まりはじめました。

「はよ、病院に連れていけ!」

上司の指示に、どんな感じなのだろうと、トラックのフェンダーミラーに自らを移してみたところ…

顔面は血で真っ赤に染まり、頭からはまだ血がしたたり落ちています。

うわっ、藤波状態や…

ファイティング・ポーズをとり、「うっしゃー」と気合をいれたところで、突然、貧血が襲ってきました。

ヘナヘナとその場にへたり込んでしまった私は、あえなく病院へ急行、すぐに応急処置をとることに。


10針程度縫ったと記憶していますが、出血量はたかだか0.5g程度だったのではないでしょうか。

その一件以降、より藤波を、そしてプロレスラーを尊敬するようになったのはいうまでもありません。


*「深ダンプ」とは深アオリ(荷台を囲っている板)ダンプのことで、業界用語では深ボテとも。



今月のテーマ
「心に残るシーン」続きを読む
ニックネーム カイチョー at 22:00 | Comment(0) | TrackBack(1) | 人・人生

2007年05月08日

プロレスラーの凄さ

今月のテーマについてあれこれ思い巡らせていると、いつもマイナーな存在に肩入れする傾向があったんだと気づかされます。

ストロングスタイルを標榜したアントニオ猪木が新日本プロレスを設立したあとも、所詮、プロレスは八百長、といった風潮は(当然のように)根強く、

そういった声に対し、まるでプロレス界を背負ったかのように、懸命に擁護していた一方で、「実際のところ、どこまでが台本なんだろう」と、いつもレスラーの一挙手一投足に目を凝らしていました。


1978年10月20日−大阪・寝屋川市民体育館

ジュニアヘビー級の防衛戦が初めてメインで生中継されることになり、藤波辰巳のファンだった私は、その日もかぶりつきでTV観戦。

二本目、対戦したチャボ・ゲレロが場外に落ち、藤波必殺のドラゴンロケット*が決まったかと思われた瞬間、不運にもイスの金具に直撃した藤波の額から鮮血が吹き出しました。

以降も、ポタポタとおびただしい量の血がしたたり続け、それでも、解説席にいた猪木の、何があってもやらせろっ!という雰囲気のなか、試合は続き…

ドラゴンロケット
*ドラゴンロケット(ただし、この試合の写真ではありません)

当時の公式記録があります。

WWWFジュニアヘビー級選手権・61分3本勝負 
藤波辰巳(2−1)チャボ・ゲレロ
1.○ゲレロ(12分54秒・回転脚頭絞め固め)藤波×
2.○藤波(4分43秒・体固め)ゲレロ×
3.○藤波(3分30秒・肋折り)ゲレロ×


何度もビデオを見直しました。

どうみても“アクシデント”が発生し、それでも無理やり藤波が勝たなければならない試合だったのでしょうが、

何より、あれだけの血を流し続けながら“プロレス”しているレスラーの凄さを、畏怖の念をもって見つめ続けたあの10分間(二本目と三本目のインターバルも含め)を忘れることができません。


試合後、「藤波が嘔吐しています」のレポートに、

はよ病院に連れて行かんかい!」

と叫んだ私は、藤波の容態が気になって、テロップが流れるのではと、いつまでもモニターを見つめ続けていました・・・

------
余談ですが、

この試合を最前列で目撃したことで藤波とお付き合いするきっかけとなった麗しい女性が、業界ではおしどり夫婦として知られる現在のかおり夫人。

いやぁ、プロレスラーってほんっとうに、凄い。皮肉にも、この数ヵ月後、私は体でそのことを思い知らされることになります。

この項、続く>>>

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今月のテーマ
「心に残るシーン」続きを読む
ニックネーム カイチョー at 22:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2007年05月05日

ステファン・グラッペリ

仲間とともに、あらかじめ用意したタオルを振って、久しぶりに“今井節”を堪能してきました。 いやぁ、舞台観劇って、本当に素晴らしいですね。


本日はその舞台観劇の“極み”ともいえる瞬間に立ち会えたエピソード。

ステファン・グラッペリ。かつて弦楽器のみの画期的ジャズ・バンド―フランス・ホット・クラブ五重奏団で欧州全土にその名をとどろかせ、

最高のコンビと謳われた天才ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルト早世後、

ソロで欧州各地をまわっていたこの生粋のパリジャンがウースター州で演奏会を行ったときのこと。

私の終生の友で、英国王立彫刻家協会のケネス・ポッツ氏は、その素晴らしさに感動して楽屋を訪れ塑像*の製作を申し出、

(このあたりは一流の芸術家同士だけの世界ですね..)

快諾したグラッペリが亡くなるまでの間、二人の親交が続くことになります。

Stephane-Grappelli

後年、このブロンズ作品「ステファン・グラッペリ−写真−」を扱うことになった私は、1992年にステファン・グラッペリが来日した際、

どちらかといえば業務上の延長といった感覚で、決してこのジャンルに明るくない演奏会に足を運びました。  ところが・・・

息つく暇もなく次々と奏でられる、なんとも心地よいメロディに会場全体は、まさに「スウィング」しはじめ・・・

84歳!? 信じられない、これがホンモノの芸術家の凄さなのか・・

演奏会のクライマックスは、「ブラボー」という掛け声と口笛の嵐、なかには感極まる人々も…

海外では、素晴らしい舞台などに感動した観客による最大限の賛辞がスタンディングオベーション(Standing ovation)ですが、

ライブなどは別として、他人に迷惑をかけないように気遣う日本で会場中の観衆が総立ちした演奏会は、あとにも先にもあのときだけ...

人が紡ぐご縁でこの瞬間に立ち会えたことを、今も心から感謝しています。


*粘土など、可塑性のある材料を用いて造った像。現代では多く、ブロンズなどの原型として造られる。



今月のテーマ
「心に残るシーン」続きを読む
ニックネーム カイチョー at 21:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2007年05月02日

「キミは長嶋を見たか」

昨日、いきなりプロ野球から始めてしまった今月の特集「心に残るシーン
プロ野球どころか、長嶋茂雄*だけでも一ヶ月分くらいは書けそうですが、それでも、敢えてひとつだけ挙げろ、と問われるならば・・・

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長嶋といえば、当時から「ショーマン」として知られ、堅実なミートでヒットを量産する一方で、華麗な守備と豪快な空振りでもファンを沸かせていました。

普段から、ファンを魅了するため、ヘルメットを飛ばす練習をしていたとか。
(後年、くるくる回って飛びやすいようにアメリカから楕円形のヘルメットを取り寄せていたと証言しています)

長嶋茂雄
−遠藤忠氏撮影−

写真は1968年9月16日の対中日戦、松本投手から三振を喫したときの有名なショットですが、この2日後、「燃える男」の本領を目の当たりにして以来、まだ幼かった私は完全に長嶋茂雄の虜になってしまいました。

その18日、甲子園。
阪神・バッキー投手が王選手に対し2球続けて死球寸前のボールを投げ、両軍が入り乱れての大乱闘に。

バッキーと荒川コーチが退場となった直後、今度は代わったばかりの権藤投手が王の後頭部に死球

バッターボックスで昏倒した王は足を硬直させたままで、球場には殺伐とした雰囲気が漂い、TVで観戦していた私は子供心(小4)にも、とても恐ろしかったことをよく覚えています。  「だ、大丈夫やろか…」

そして、本日の「ザ・シーン

王が担架で運ばれた直後、打席に立った長嶋は異様な周囲の状況をものともせず、3ランとなるホームランをレフトスタンドに叩き込んだのです。

この後、さらに8回にも2ランを放ち、荒れた試合に決着をつけた長嶋。

ケンカなら、ルールに則ってやろうじゃあないか ― 背番号 3 は、

ことばではなくバットで、私たちにルールの大切さを教えてくれました。

その後、「巨人の星」でもこの場面が紹介されていますが、とにかく、あんなもんじゃなかったんです。恐かった、凄かった、鳥肌立った、しびれたー。


余談になりますが、この年の日本シリーズは後楽園で決着がついてしまい、翌1969年に念願の西宮球場での胴上げ(この頃は毎年のように阪急−巨人だったんです)。

外野席から飛び出した私は、一目散に背番号 3 をめがけて走りました。

今思うと、もみくちゃになりながらも、長嶋に触れることのできたあの感激が、大抵のことは願えば叶うと思えてしまう!?、その後の生き方を決定付けた瞬間だったのかも知れません。


私だけでなく、たぶんかなり多くの同世代のオジサンにとって、長嶋茂雄はまさに太陽のような存在であり、永遠のヒーローなんだと思います。


*本blogでは、知己を得た場合を除いて、公人、著名人、歴史上の人物等は原則、敬称を略しています。

くつろぐ

今月のテーマ
「心に残るシーン」続きを読む
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2007年05月01日

「怪物VS天才」

アイツが投げた最初のカーブは、もう消せないんだけどね(笑)」

週刊誌に掲載されたイチローのことばに、思わず吹き出してしまいました。
・・・いやぁ、イチローは凄い。

ということで、今月は映画や小説の場面、各分野での劇的情景など、心に残るシーンを思いつくままに...

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1999年5月16日。初対決で5年連続首位打者のイチローを3打席連続三振に仕留めた松坂は、このとき、日本野球史に残る名ゼリフを残しています。

今日で自信から確信に変わりました


そして、2007年4月11日。
海を渡った歴史の街・ボストンで、7年ぶりに「平成の名勝負」と謳われた両雄の再戦が、ついに実現。

オープン戦、開幕戦と、それまでの8試合の初球はすべて直球だった松坂がイチローに投じるその1球目は・・・過熱気味の報道が続いていました。

松坂vsイチロー



試合後のインタビューで、松坂は以下のように語っています。

「真っすぐのボールで入ろうと思ったが、ファーストストライクは重要なので、(捕手の)バリテックと話してカーブで入りました。見逃し方、その後のイチローさんの雰囲気を見て少し怒っているかなと感じました」

かつて、幼い頃から剣道で学んだ集中法で、普通は打者の狙いが見えて、それに応じた投げ方ができるものの、イチローさんだけはどうしても見えてこない、とも述べていた松坂。

個人的には、絶対にストレートで勝負してくるだろうと思っていましたが、これが1億ドルの重みなんでしょうか。・・・いやぁ、松坂も凄い。

でも所詮、二人の勝負は二人だけにしかわからないもの。たとえば2005年、フォークボールで空振三振を奪った阪神・藤川球児投手に、

○○○ついとんか!」と激怒した清原和博選手が、

逆に岡田監督はじめ、星野SDや野村監督などにボコボコにされた一件はまだ記憶に新しいところですが、翌年のオールスターで、その清原を全球直球勝負で空振り三振に打ち取った際、球児は、

「あれから真っすぐに磨きをかけるようになった。去年から今年にかけて清原さんに育ててもらった。あの時を思い出して投げました」と述べています。

冒頭のことばは、スマートなイチローなりの○○○発言なのかな。

いやぁ、野球って本当に面白いですね。

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「フォア・ザ・チーム」

その後も、この一球をめぐっては多種多様な議論があるようですが、私たち実社会で、いつも直面する諸問題も同じこと。理想と現実..
これまでにも、そして、今後も果てしなく続くであろう永遠のテーマですね。


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「フォア・ザ・チーム」続きを読む
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2006年12月29日

「浜省」

今朝、目を覚ますと、

るんるん舞い落ちてきた 雪の華 が 窓の外ずっと 降りやむことを知らずに
  
 (先日、ついに徳永バージョンを購入しました わーい(嬉しい顔) 祝・紅白初出場

さらに、雪の中国自動車道で13台が絡む追突事故が発生し、予定していた広島行きを明日に延期しました。

広島といえば、尾崎を知るまで“好きなアーティストベスト1”だった「浜省」こと浜田省吾の出生地であり、今日は彼の54回目の誕生日 バースデー


浜田省吾−「初秋」のジャケット

「AMERICA」
「愛しい人へ」
「Edge Of The Knife」
「丘の上の愛」
「風を感じて」
「片想い」
「君に会うまでは」
「恋に落ちたら」
「恋に気づいて」
「散歩道」
「19のままさ」
「J.BOY」
「遠くへ」
「陽のあたる場所」
「もうひとつの土曜日」
「路地裏の少年」
「ロマンス・ブルー」…

好きな楽曲を挙げはじめたらキリがありませんが、何といってもその魅力は彼がつむぎ出す詩にあります。

広島時代の音楽仲間と共に“愛奴”を結成し、はじめて書いた「二人の夏」。

るんるん月は 君の瞳の中で 小舟のように 揺れてた

詩的で情緒があって、そしてこよなく美しい。
こんな何気ないことばの表現に、圧倒的な才能をみる思いがします。

(是非、一度聴いてみてください)

今年、デビューして30周年を迎えてなおプロテストソングの代表と目される浜省の原点は、やはり父親の被爆体験を含む「HIROSHIMA」にあるのでしょう。

明日も彼のCDに耳を傾けながら、広島に向かうつもりです。


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星野富弘、今日の詩

男タルモノ《(ゆり)「花の詩画集」より》

男タルモノ 
花になど 
見とれていて
よいのか

しかし男タルモノ
花の美しさもわからず
女の美しさを語るな
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2006年12月23日

「スナフキン」

昨夜、大阪・梅田駅周辺(写真下)を歩くと、街全体はクリスマス・ムード一色に彩られ、休日前の夜でもあり、道行く大勢の人々も華やいでいる様子でした。

梅田ヨドバシカメラ前

この時期になると、毎年のように頭をよぎる事柄のひとつが今日の表題 わーい(嬉しい顔)


小学4年のとき、カルピスまんが劇場(のちの世界名作劇場)で放映された「ムーミン*」。

*若い方々がご存知の「楽しいムーミン一家」シリーズではなく、初期の別作品です(新ムーミンでもありません)。


ほのぼのとした素晴らしいアニメでしたが、なかでも、この自由と孤独を愛する吟遊詩人「スナフキン」が大好きでした。

ムーミンたちと違って冬眠をしないは、冬になるとひとり南に向かって旅に出ます。そして、春になるとまた、ムーミン谷にどこからともなくギターの音が…

雨に濡れ立つ おさびし山よ われに語れ 君の涙の その訳をるんるん

スナフキンが帰ってきたexclamation

いつも、主人公のムーミン以上に、ドキドキ揺れるハートしていました。


その頃から年末になると、スナフキンは今頃どこにいるんだろう?と、いつも気がかりでした。

あれから、38年…。えっ、がく〜(落胆した顔) えーっexclamation&question


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星野富弘、今日の詩

同じ大切マンサク)1999年「花よりも小さく」より》

暗いより 明るい方を
遅いより 速い方を
静けさより にぎわいを

いつから 片方ばかり
求めるようになって
しまったのか

どちらも同じ 大切
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2006年12月18日

「武者小路実篤」

昨夜から今朝未明 がく〜(落胆した顔) にかけ、今年も宝塚温泉・ホテル若水で、関西を中心にした仲間たちと忘年宴会を行いました。

いつも大変お世話になっている同ホテルは、有名な宝塚歌劇場手塚治虫記念館からほど近く、六甲山系の山並みと武庫川河畔の眺めは最高ですわーい(嬉しい顔)

musyakoji.jpg


館内には、「友情」、「愛と死」など、若い頃に感化された小説の著者「武者小路実篤」のオリジナル水彩画が、フロントロビーはもちろん、なんと全ての客室に掛けられています。

訪れるたび、書画を拝見するのを楽しみにしていますが、一階のロビー・ラウンジ「すみれ」で喫茶のみのご利用も可能ですから、関西にお越しの際は、是非お立ち寄り下さいexclamation

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そういえば昨年、友人のH氏に、我孫子にある旧武者小路実篤邸を案内してもらったことを思い出しました。「新しき村」運動の発会式もこの地で行ったとか。

武者小路が提唱し、理想的な調和社会の実現を目指したこの運動とその後については、今も賛否が分かれるところですが、

同ホテルが所蔵する90歳で書かれた書は、この方の到達点が見事に凝縮されているような、私がもっとも好きなことばのひとつです。

magokoro.jpg

「天に星 地に花 人に愛(まごころ)」


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星野富弘、今日の詩

むらさきつゆくさ(1979年「鈴の鳴る道」より)

二番目に言いたいことしか
人には言えない

一番言いたいことが
言えないもどかしさに耐えられないから

絵を書くのかも知れない
うたをうたうのかも知れない

それが言えるような気がして
人が恋しいのかも知れない
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2006年12月15日

「48番目の義士」

昨夜、退院した足で、地元商工会青年部のお招きに与り、忘年宴会に参加、早速に痛飲してしまいましたふらふら

同じ日、兵庫県の西端に位置する赤穂市では今年も義士祭(なんと103回目)が行われました。

東京・高輪にある泉岳寺は赤穂四十七士の墓があることでも有名ですが、実は、供養碑の数は48基あります。


今日は、地元では「48番目の義士」ともいわれている武士のお話。


萱野三平

1701年3月18日、その4日前に江戸城で、浅野内匠頭が刃傷沙汰を起こし即日切腹となり、それを国元に知らせる使者・萱野三平は早駕籠で赤穂へ急ぐ途中、西国街道沿いの実家前で、 なんと母の葬儀に出くわしますが、御用のため、そのまま駕籠を急がせました。

主君を失った報告と実母を失った悲しみを背負って、一路赤穂に向かったの心情は如何ばかりだったでしょう。
  ・
  ・
その後、討ち入りに反対した父と主君に対する忠義との間で板挟みになり、自宅長屋門の一室で自刃し28歳の生涯を閉じたの屋敷跡(大阪府箕面市)が1994年から『萱野三平記念館・涓泉亭』として一般公開されています。

kayano.jpg

いろんな思いで悶々としていた当時、“”と“”の狭間で苦しんだの思いに近づきたくて、自宅から車で20分ほどにあるこの館をよく訪れました。


晴れゆくや 日ごろ心の 花曇り


の辞世の句を、当時とはまた違った解釈で受け止める自分がいますが、

「武士(もののふ)の鏡」ともいわれる赤穂義士については、大変興味深い、

こんな異説もあります。

この項、続く>>>

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星野富弘、今日の詩

キンミズヒキ(「鈴の鳴る道」より)

正しいと思う 心の中に 
揺れ動くものがある
今日私は 私の顔を 
していただろうか

大きな鏡に 
映すような気持ちで 
目を閉じる
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2006年12月06日

「星野富弘」

空も飛べるはず

んなバカな。。」随分と長いあいだ、ず〜っとそう思っていました。

“今、私は本当に空を飛ぶことができるんです”
といえば、かつての私なら、間違いなく、こう突っ込んだことでしょう。

そこまでいうなら、目の前で飛んで見せろexclamation」、と・・・


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Blog開設以来、昨日までの“思想構築5回シリーズ”の背景を、連綿と書き綴ってきましたが、“飛びたくても飛べない”、「魔女の宅急便/1989年公開(後日、記述予定)」の“キキ”のように、七転八倒の苦しみのなかで巡り合った「*星野富弘」氏の詩画集は、私に大きな翼を与えてくれるきっかけとなった、神様のような存在です。


*群馬県出身。大学卒業後、体育教師として中学校に赴任のわずか2ヶ月後、クラブ活動の指導中に誤って鉄棒から墜落。

以後、首から下の一切の機能を失うも不屈の精神でハンデを乗り越え、口に絵筆をくわえ詩歌を添えた花の絵を書き始め、9年間の病院生活の後、不治のまま退院。

その後、いつも星野の病院に訪れていた女性と結婚、現在も二人三脚で詩画集を次々と出版しています



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最初にの詩画集を手にしたのが、「愛、深き淵より

「手足が不自由になる前は、文字が書け、絵が描けるということはあまりにも当然すぎてそのすばらしさに気づかなかったのです。

当然のことが当然ではなくなった時、でもそのことによって文字のすばらしさ、それを書くことの喜び、そして絵が描けることのすばらしさを教えられました。」

風の旅」の“はじめに”には、

「夜があるから朝がまぶしいように、失ったとき、初めてその価値に気づくことがよくあります。何気なく動かしていた指、当たり前のように歩いた足・・。
しかし、目に見えるものより、もっともっと大切なものがありました。
もしかしたら、失うということと、与えられるということとは、となり同士なのかもしれません。」

と認められていますが、その詩のひとつをご紹介します。


なずな

神様がたった一度だけ 
この腕を動かして下さるとしたら 
母の肩をたたかせてもらおう

風に揺れる ぺんぺん草の
実を見ていたら 
そんな日が本当に
来るような気がした

nazuna.jpg

この項、続く>>>
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2006年12月05日

「坂本龍馬」

>>>前号より続く

その小沢一郎代表の懐刀、側近中の側近ともいわれる平野貞夫先生にご縁をいただいたのは、参議院議員を辞されて間もない一昨年の9月17日。

はじめてのご講演から、ちょうど今週ではや2が過ぎようとしています。

衆議院事務局で33年、参議院議員として二期12年。

議会運営と法律運用に精通する唯一の政治家として、

あるいは政界の表も裏も“けものみち”も知り尽くした“野党の野中広務”として恐れられた人物ですが、

公私にわたってご指導をいただいている私にとっては、本当に心根の優しい、仏さまのような方ですわーい(嬉しい顔)

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昨日から、その平野先生のご縁で四万十(高知県)に赴いていました。

道中、多くの*お遍路さんをお見掛けしました(なかには若い女性も!)が、機会をみつけ、いつかトライしたいと思っています。

*四国霊場88ヶ所巡り(歩き遍路・全行程約1,450km)は年間、推定千数百人とされています。

tosa.jpg


写真は下田・大規模公園から撮った土佐湾ですが、平野先生の故郷でもあり、敬愛される “坂本龍馬”を育んだ土佐の高知は、前回までの陸奥(奥州)にまつわるエピソードの根底にある聖地とも称すべき、かけがえのない場所です。


もはや、説明不要の維新回天の大立役者ですが、龍馬が残した三十数首の詠草(和歌)で、私のお気に入りの幾つかを、以下にご紹介します。

みじか夜を あかずも啼きて あかしつる 心かたるな やまほととぎす

又あふと 思ふこころを しるべにて 道なき世にも 出ずる旅かな

世の人は 我をなんとも 言わばいえ 我がなすことは 我のみぞ知る


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忘年会のシーズン到来をまえに、政治談議に花を咲かせる予定の?方々を念頭に、私の“思想構築”の背景を5回シリーズで認めました。

お時間の許す方は、是非ともご一読の程、宜しくお願い申し上げますわーい(嬉しい顔)
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2006年12月02日

「新渡戸稲造」

>>>前号より続く

2004年11月、(私が日本から逃げ出した)1984年以来となる新紙幣が発行されました。

伊達政宗と同じ陸奥(現在の福島・宮城・岩手・青森の四県と秋田県の一部)、盛岡市出身の“新渡戸稲造”は5千円紙幣から消えてしまいましたが、

昨日、流行語大賞にも選出された“品格”を世に押し上げた藤原正彦の著書、「国家の品格」で武士道の復権が説かれたことなどから、かつての世界的な名著、新渡戸の「武士道」が、あらためて人々の関心を集めています。

nitobe.jpg

願わくはわれ 太平洋の橋 とならん


国際連盟事務次長に推挙され“世界に輝く星”と賞賛された新渡戸でしたが、帝国主義の蔓延とともに、やがてその声は糾弾の叫びに変わっていきました。

日本の国際的孤立を憂慮し、人々から誤解され、中傷されつつも、1932年だけで全米で100回以上もの講演を行った翌年、日本が国際連盟から脱退して悲劇的な運命を辿り始めるさなか、カナダのビクトリアで客死しています。

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東大に入学する際、 面接官に言い放ったこのことば通りの生きざまを貫いた新渡戸とスケールは全然違いますが、

「西洋の文化を日本に伝え、東洋の思想を西洋に伝える」と勢い込んで帰国した当時の私にとって、「新渡戸稲造」が歩んだ苦悩の道のりは、まさに“生きる指標”に思えたものでした。


現在、新渡戸を縁にして、盛岡市とビクトリア市は姉妹都市となり、ビクトリア市の太平洋を望む丘には、盛岡の岩手公園にある記念碑と同じものが建てられています。

この項、さらに続く>>>
ニックネーム カイチョー at 21:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2006年12月01日

「伊達政宗」

今日から師走、Blog開始から3ヶ月目に入ります。


いきなりですが、私は、なぜか神様から「精子」を一匹も生産する能力を与えられることなく、この世に生まれ落ちてきました。


23歳のとき、突然、この事実を突きつけられ、その辛さから逃れたくて諸外国を放浪したのち、帰国して以降もその答えを見出せないまま、仕事で全国各地の百貨店に自社商品を納入していた頃のこと。

その年(1987年)、渡辺謙主演のNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』に魅せられ、仙台は青葉城跡を訪ねました。

そこで伊達政宗が生前、「我が亡き後、肖像には両眼を揃えて描くよう」命じた逸話を知って、溢れ出すもうやだ〜(悲しい顔)を止めることが出来ませんでした。

(「伊達男」の語源にもなったは、5歳のときに右目を失い、父親は騙まし討ちに遭って目の前で惨殺され、弟を身びいきする母親に毒殺されかけ、その弟は自らの手によって殺さなければなりませんでした…)

伊達政宗.jpg


後年、「独眼流」と畏怖された天下の副将軍でさえ、死の間際まで自らが不具者であることにコンプレックスを感じ続けていたという事実は、当時の私に一筋の光明を与えてくれました。

金輪際、不具を卑下せず、何事も包み隠さない”と誓って、はや20年。

あいも変わらず、聞きもされないのに、
「種なしブドウに負けず劣らず、美味しいよexclamation」と自らを売り込んでいる私わーい(嬉しい顔)

そんな経緯もあって、“杜の都”は心の故郷ともいえる、今もとても懐かしい場所です。

この項、続く>>>
ニックネーム カイチョー at 22:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2006年11月28日

「プリンシプル」

>>>前号より続く

principle

スジを通す、とも訳されるこの“ことば”は、今年の4月5日にNHK「その時歴史が動いた・マッカーサーを叱った男 〜白洲次郎・戦後復興への挑戦〜」で一躍有名になり、SMAPのキムタクが尊敬する人物として挙げたことをきっかけに、若者の間では、「白洲次郎」が“日本一かっこいい男”としてブームになっているとか。

身長185センチ、容姿端麗、スポーツ万能の日本一かっこいいといわれるのは、日本人で初めてジーンズをはいたからでも73歳で三宅一生モデルを務めたからでもなく、が記した唯一の本のタイトルそのままに、生涯、スジを通し続けたからでした。

principle.jpg

ワシントン講和条約で吉田茂の英文原稿を日本語で作り直して演説させた白洲次郎は、GHQに占領された日本の中で、強い誇りと心意気と度胸を併せ持った男として一目置かれる存在でした。

天皇陛下からのクリスマスプレゼントをマッカーサーに届けた白州は「そこへでも置いておいてくれ」と言われ、「陛下からの贈り物をそんなところにおけるかexclamation」と一喝し将軍をタジタジとさせ、

後年、時の総理、田中角栄が軽井沢でゴルフをしたいとの申し出を、会員資格がないと断ったエピソード等は有名です。


私たちの地元(現・伊丹市)で婚姻届を提出し、長く居を構えておられたことは存じ上げませんでしたが、

葬式無用 戒名不用」という遺言を残し、没したのが1985年の今日、11月28日でした。享年83

折りしもTVでは、復党が内定した11人のうち、国会内で記者会見した4人の代表格、堀内元自民党総務会長が、「基本的に郵政民営化に反対ではなくがく〜(落胆した顔)、選挙期間中の会見、公報でも反対とはひと言もいっていないふらふら」と強調した場面が流れていました。


まさに、「プリンシプルのない日本」・・・
ニックネーム カイチョー at 23:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2006年11月25日

「三島由紀夫」

今日は三島由紀夫の命日に当たります。

享年45歳。


インターネットにはその関連記事も見当たらず、もはや若い方には馴染みが薄いかもしれません…。

1970年の今日、の自決は世界中に大きな衝撃を与えました。

ノーベル文学賞受賞者・川端康成は、直後の現場を目の当たりにしたのがきっかけで自殺したともいわれていますが、私も事件の翌日、その凄惨な現場を載せた新聞を正視することが出来ず、目をそらしたときのことを今も忘れることができません。

ローレンツ博士の“ソロモンの指輪”によれば、「鳥は、目が開いた時に見たものを親と認識する“刷り込み”の性をもっている」といいます。

振り返ってみると、3億円事件(1968年12月)にはじまり、よど号ハイジャック(1970年3月)、それに続くシージャック(1970年5月)、少し後のあさま山荘(1972年2月)、テルアビブ空港襲撃(1972年5月)など、今も鮮烈に残る、まだ子供だった頃の事件は、以降の大事件よりも深層に深く刷り込まれているような気がします。


あれから36年。

諸君は武士だろう。武士ならば、自分を否定する憲法を、どうして守るんだ

と、三島が自衛隊員たちに檄を飛ばした“憲法改正”論議が現実味を帯びてきていますが、に殉じて自刃した森田必勝は若干25歳、そして、二人を介錯した古賀浩靖氏は、当時、まだ23歳の若者でした。

私にとって、この三島事件は“死ぬ事の意味”、そして“生きる事の意味”をはじめて問われた、大きな大きな出来事でした。
ニックネーム カイチョー at 23:47 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2006年11月04日

「尾崎豊」

今日は少しのんびり出来たせいか、以前、blogに記した「尾崎豊」特集を書きはじめたい気分になっています。

尾崎豊.jpg

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1992年4月25日。

それまでにも、覚醒剤所持で逮捕や不倫などの報道で、「10代の教祖と呼ばれるロック歌手」程度の認識を持っていました。でも、本当の意味で“尾崎豊”を知ったのは、東京都文京区の護国寺で行われた彼の葬儀で、40,000人を越す若者たちが涙を流しながら絶叫するシーンが放映され、「I LOVE YOU」が流れてきた瞬間でした。


えっexclamation&question これ、彼の歌やったのexclamation&question …」

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話はさらに5年さかのぼります。

1987年3月27日。

「急に遠くへ行くことになりました。黙って行っちゃってゴメンナサイ。
君のこと大好きです。いっぱいいっぱい いいことあるように。―れい

その日、TVで放映された「北の国から−'87初恋」がとにかく素晴らしくて、特に、れいちゃんが満男、じゃなかった黒板純に送ったカセットテープから流れてくるメロディに、なんて透明感のある曲なんだろうと心が震えました。

色気のある歌声、切ない歌詞…。そこには、死ぬほど人を好きになった経験のある方なら誰もが知る“あの感覚”が、みごとに封じ込められていました。

これはただ者の仕業じゃない…そう感じながらも、当時は「北の国から」のテーマ性の素晴らしさに心を奪われ、明治通り沿いのビデオ屋さん通いの毎日でした。

1話〜24話、さらに'83'84をビデオ鑑賞した後は、新作の発表を待つ日々が10年以上も続きました。'87初恋以降の9作を加え、2002年9月に終了したこのシリーズは日本が生んだTVドラマの金字塔ひらめき、子育て最中の親御さんには、ぜひともお子様とともにご覧頂きたい名作中の名作揺れるハートです。

話が脱線してしまいました。とにかく、その後も時折、北の国からで使われる、れいちゃんの回想シーンの曲はず〜っと気にかかっていましたが、結局、縁を結べないままに尾崎の死を迎えることになります。

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享年26歳

この日を境に、尾崎豊 ― この孤高の天才の、生きることの苦しみや孤独を知る旅に出たわけですが、今、振り返ってみると、それは、まさに自分探しの日々でもありました。


生きること それは日々を告白してゆくことだろう…」by 尾崎豊

この言葉はそのまま、今の私の座標軸になっています。

この項、続く>>>
ニックネーム カイチョー at 22:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2006年10月28日

「仰木彬」

日本ハム・新庄が最初に胴上げがく〜(落胆した顔)された、異例のシーンの余韻が冷めないうちに、今度はアメリカからうれしいニュースが飛び込んできましたexclamation

田口壮.jpg

信じられない。最後の瞬間は、夢の中にいる感じ」。

地元の隣町、西宮市出身の田口壮選手は、北高から関学を経てドラフト1位でオリックスに入団。“イップス”や“難聴”に陥るなど、アスリートとしては波乱に満ちた時を経て、移籍以降もメジャー昇格とマイナー降格を繰り返すなど、ずっと気になる存在でしたが、時折、テレビに映る彼のには、常に少年のような輝きがありました。

新聞によれば、元TBSアナウンサーの妻・恵美子さんは、「今年、2人でお茶を飲みながら、バントでも守備固めでも、その大切さをセントルイスのファンは分かってくれている、という話になり、主役でなくてもいいんだと分かって、彼はいい顔になった。15年かかって、宝物を見つけてくれた」と語っています。

自分でもいい仕事をしたと思う」と振り返る田口選手。
昨年12月、師と仰ぐ仰木彬監督が亡くなる1週間前に病院へ行ってナ・リーグのチャンピオンリングを見せたところ、「次はもう一つ上やな」と語られたとか…。

野茂、長谷川、イチロー、吉井など、仰木氏が育て、その後、メジャーリーグで活躍した選手は枚挙に暇がありませんが、昨年、近鉄との合併によって誕生した新生オリックス・バファローズの監督として現場復帰したときには、ガンはすでに手遅れの状態まで進行していました。

グラウンドで死ねたらオレは本望

病を圧して1年間チームを指揮しましたが、シーズン後半の頃には、球場の階段を上ることすらできず、外野の大道具搬入口からグラウンドに出入りしていたそうです。

仰木&田口.jpg
=1996年、日本一に輝いた仰木監督と田口選手=

田口選手のみならず、今日の勝利をこの偉大な指導者に捧げたいと思う方々も大勢いらっしゃると思います。


あなたの教え子が、今日、ワールドチャンピオンリングを獲得しましたよ
ニックネーム カイチョー at 23:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2006年10月26日

「山田洋次」

>>>前号より続く

今でこそ、黒沢溝口の並んで三大巨匠と賞される小津安二郎

当時、“時代錯誤の審美家”と、一部識者から軽蔑されながらも、「豆腐屋は豆腐を作るのみ」と答え続けたという逸話が残されています。

生涯独身のまま、実母を看取った翌1963年、60歳の誕生日に永眠。

墓碑銘は「」…。死後、海外でも評価が高まり、現在では、小津に傾倒する外国の映画作家も後を絶えません。

9年目を迎えた小津安二郎記念・映画祭が、今年も来月3日から3日間、蓼科高原で開催されます。



さて、小津の名高い「ローアングル」による固定画面や独特の台詞まわしを、独自のスタイルに昇華させた山田洋次監督が、「松竹大船撮影所」の閉鎖を機に手がけた時代劇三部作、「たそがれ清兵衛」(2002年)、「隠し剣 鬼の爪」(2004年)、に続き、来る12月1日には最後となる「武士の一分」を発表します。

キムタク主演exclamation&questionに少々、おっかなびっくりですが、少なくとも、宮崎駿映画でのハウルの声にはまったく違和感を覚えませんでした。

ただ、過去2作品も観ましたが、“武士道”をテーマに、“家族”と同様に、失われゆく、古き良き日本の文化であった“卑怯をにくむ心”や“利害損得を超えたもの”を伝えようとする試みは、当時の小津作品と同じように、正当な評価を得るには、もう少し時が必要かも知れません。
ニックネーム カイチョー at 12:49 | Comment(0) | TrackBack(1) | 人・人生

2006年10月25日

「小津安二郎」

東京と地元を行き来する機会が増え、非日常的な刺激に接することの多い昨今。今日は川崎のビジネス・パートナー宅にお伺いして、今後の事業展開などについての打ち合わせの最中、ひょんなことから、映画談義に花が咲き…。

過日、ご自宅でお仲間たちと映画鑑賞会を催し、かの小津安二郎の不朽の名作、「東京物語」(1953年)を観て、田舎から東京にいる子供たちを訪ねて来た老夫婦のわびしさに、一同がもうやだ〜(悲しい顔)にむせんだとか。



芸術全般にわたる一般的知識を吸収しようと気張っていた若い頃、都市化の波に呑まれ、離ればなれになってゆく家族のもの哀しさを描いたこの作品はもちろんのこと、他の小津映画にも触れましたが、その素晴らしさが、もうひとつ“腑に落ちない”まま、今日に至っていました。

お話をお伺いして、あらためて、今一度、じっくり観てみたいと思いました。

そのお話のなかで、「撮影のアングルについてのディテールが、山田洋次に受け継がれている…」といったマニアックな流れに移行していきました。

男はつらいよ」フリークの私は、ここぞとばかりに、「そりゃそうです。」と突っ込んでしまいました。



2000年6月、“家族”を描き、日本映画の主流を走りつづけた「松竹大船撮影所」が、小津安二郎以来の伝統を継承する山田洋次監督『十五才 学校IV』の撮影を最後に閉鎖されました。

この項、続く>>>
ニックネーム カイチョー at 23:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2006年10月19日

「徳永英明」

>>>前号より続く

他方、政治にかかわっていると、選挙区民であるか否かで対応の違う候補者に出くわすことがあります。しかし、人の世は、そんなものではありません。

情けは人の為ならず」(人に親切にすれば、その相手の為になるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分にもどってくる、の意。誤って、“親切にするのはその人の為にならない”と用いられているとかふらふら…)

という“ことわざ”がありますが、たとえば今、関東で大地震が起こったと仮定します。

首都圏だけで4000万人ともいわれる人々が真っ先に思い浮かべるのは、わが家族の安否でしょう。

しかし、交通網は遮断され、自宅に戻るのもままならない状況下で、それぞれが我さきにと、帰路についたらどうなるでしょう…。

私たちが為すべきことは、何を差し置いても目の前の人々を救出することです。

きっと今、善意の他人が家族を助けてくれている

未だ見ぬ人にすべてを托し、目の前の人を救出する“善意の連鎖”でしか、私たちの家族を守る術はありません。

唐突なようですが、それと同じように「選挙」で私たちが“托す”一票は、とても重いものです。

(つい、力んでしまいました。話を戻します。)


そもそも、今回、中島美嘉のアルバムを買うきっかけとなったのは、徳永英明がリリースした「Vocalist 2」のキャンペーンCMで使われていた「雪の華」のサビ部分が耳から離れなかったからです。

2001年5月頃から体調不良を訴え、「もやもや病*」と診断されたときには、何か精神的な病なのかな…と心配していましたが、「カッコ付けなくていい。あるがまま、ふだん着の自分で生きればいい。」1年8ヶ月後の復帰会見でそう語った徳永は、その音楽観、人生観が一変したといいます。完治は無理とされる病を背負ったにもかかわらず、ふっ切れた表情がとても印象的でした。

上の経緯から、「雪の華徳永バージョンも買いたかったのですが、「まずはオリジナルを聴くのがスジ」と、中島バージョンを手にしたわけです。

やはり、心に染みるいい歌ですね。

*脳の動きを支える動脈が閉鎖し、レントゲン撮影すると血管がたばこの煙のように“もやもや”写ることからくる病名。突然、半身麻痺に襲われたり、呂律が回らなくなる等、国の特定疾患に指定されている難病。
ニックネーム カイチョー at 23:07 | Comment(0) | TrackBack(1) | 人・人生

2006年10月18日

「中島美嘉」

昨日に引き続き、ネットの凄さを実感しています。

先日、「一青窈」のアルバムとともに、もう一枚買い求めたのが“中島美嘉”の「BEST」。

街中で流れる楽曲の魅力もさることながら、どこか、刹那を感じさせる彼女は、ずっと気がかりなアーティストの一人でした。

(尾崎豊を失った私たちは、それでも少年少女の心の叫び、絶望に、今も気づくことが出来ないままです…)


さて、プロフィールを検索してみると…

昨年5月、ご縁のある元県議会議員の上原一治氏が、伊集院町、東市来町、日吉町、吹上町の4町が合併して誕生した「日置市」の市長選に立候補。私たちの仲間らも応援に入りましたが、惜しくも次点(投票率は78・31%!)。
実は彼女、その旧伊集院町の出身exclamationだったんです。
(世間は狭い。太陽君、知ってたのexclamation&question


さらに検索するうち、尾崎豊この孤高の天才については、後日、一週間通しで特集を組みます)のプロデューサーだった須藤晃の申し出により、「I Love You (by 中島美嘉)」が実現し、すでにダイハツのCMに使われているとのこと…。
(えーっ、まだ見ていませんふらふら。やはり、どこか儚さや危うさの漂う彼女に同じものをみたのでしょうか…)



中学を卒業後、高校には進学せず、福岡でアルバイトをしながら数多くのオーディションを受け続け、一本のデモテープがきっかけとなって、一躍スターダムに駆け上った彼女学歴偏重の現代、その異色の経歴も一部ファンの支持をより強くしているようです。

たしかに万が一の確率かも知れませんが、彼女がその最初の一歩を踏み出した勇気は高く評価されていいと思います。

政治の世界も同じこと。早朝の駅頭で、旗を一本持ってマイクを握り締めている若者に出会うことがあれば、ひと言、「おはようexclamation」と声をかけてあげて下さい。
万が一の確率かも知れませんが、何十年後にその若者が日本の未来を背負って立つ日が来るかも知れませんわーい(嬉しい顔)

この項、続く>>>
ニックネーム カイチョー at 23:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2006年10月16日

「岡田嘉子」

>>>前号より続く

ギロビッチ博士の「行動非行動」を記していた時、大好きな映画「男はつらいよ」の際立ったワン・シーンと台詞を思い出しました。

*岡田嘉子

*1902年広島市生まれ。
17歳の初舞台以降、エキゾチックな美貌で一躍脚光を浴びた後、撮影中の相手役と失踪〜結婚。後に演出家の杉本良吉と出会い、旧ソ連に駆落ち亡命したものの、杉本は銃殺され、彼女も10年間の収容所生活を送ります。

終戦後、実に34年ぶりに日本へ一時帰国した時に撮影されたのが、シリーズ第17作「寅次郎夕焼け小焼け」です。

岡田嘉子.jpg


私、近頃よくこう思うの。

人生に後悔はつきものなんじゃないかしらって。

ああすればよかったなあ…という後悔と、

もうひとつは、

どうしてあんなことしてしまったのだろう…、

という後悔…




宇野重吉との絡みで彼女が吐いたこのセリフ、実は「岡田嘉子」の人生そのものを表現した“ことば”でした。

(日本映画史に残る貴重なシーンです。ぜひ一度ご覧下さい)


その後、友人の杉村春子さんらの説得にもかかわらず、モスクワに帰った彼女は、1992年、誰にも看取られることなく89歳の波乱の生涯を終えました。

今、多磨霊園にある墓碑には「悔いなき人生をひとすじに」との自署が刻まれているそうです。

今月スタートさせたばかりのBlog、当面は“日々更新”を目指して頑張ります。


いのち.gif

−相田みつを(最終回)−
ニックネーム カイチョー at 06:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人・人生

2006年10月10日

「相田みつを」

昨日まで、社員旅行で石川方面に出掛けていましたあせあせ(飛び散る汗)

小松市にある、緑豊かな丘陵地に古民家を移築して作られた伝統工芸のテーマパーク「ゆのくにの森」を訪ねた時のこと。

常設展で「相田みつを」の作品群を廻覧する機会に恵まれました。

相田みつを.JPG

その独特の書体と心に響くことばの数々は、以前から目にはしていたものの、やはりオリジナルは、ただただ“凄い”の一言…。

読み進んでいくうちに、書が涙で曇りはじめ、最後はほとんどもうやだ〜(悲しい顔)状態。

自分の番 いのちのバトン

父と母で二人
父と母の両親で四人
そのまた両親で八人
こうしてかぞえてゆくと
十代前で1024人
二十代前では
なんと百万人を越すんです
過去無量のいのちのバトンを受けついで
いまここに自分の番を生きている
それがあなたのいのちです
それが私のいのちです

生前、「100万人に1回だけ読まれるより、1人に100万回読んでもらえる書」を極めようとされた、作者の魂の一端に触れた思いです。


とにかく感動的な書が多かったので、
今週は毎日作品を紹介させていただくことにします。

ひとり.JPG

アノネ.JPG
ニックネーム カイチョー at 21:31 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人・人生

2006年10月03日

「ハンカチ王子」

ハンカチ」+「王子」=斎藤佑樹。

8月末、商標登録が出願がく〜(落胆した顔)されていたことが判明したこの呼称は、今後、少なくとも十数年、私たちの耳目を惹きつけることになるでしょう。

私の地元、兵庫県で“のじぎく”国体が開催されていますが、今日、高校野球・硬式の準決勝が高砂市野球場で行われ、早稲田実業、駒大苫小牧がともに勝ち上がり、明日の決勝は夏の甲子園で2試合にわたって死闘を演じた両校が再び激突することになりました野球

斉藤君と田中君。
一見して対照的な二人が同根であることが、何気ないコメントに表れています。

(ニューヨークで松井に面会し)
※斉藤「威圧感というか、オーラの中にも優しさが感じられ、人間として、すごく偉大な人だと感じていました。」
※田中「話を聞いてみて、やっぱりこういうところが大事だな、と。大人の社会に出て、ああいう人物になれたらいいと思いました。」

(進路決定後の会見)
※斉藤「野球も人間的にもまだまだ未熟であり、大学の4年間で成長したい」
※田中「4球団に指名していただいて、ありがたい。自分のやってきたことがこういう結果につながってありがたい。」

神様の粋な計らいで、終生のライバルと目され、「野球人である前に、良識ある一人の人間であれ」を地で行く二人ですが、端正な顔立ちで、育ちのよさが滲み出ている斉藤君に人気が集中するのは当然として、田中君には、自ら“ヒール”の役割を演じることの出来る感性と、器の大きさが漂っています。


幸運の黄色いハンカチ

田中君はこの映画を見て感動し、そのロケ地が北海道と知った彼は、幸運が舞い込むようにと、昨年からずっとお尻のポケットに黄色いハンカチを忍ばせていたそうですが、斎藤君の「青いハンカチ」が話題になってしまい、持ち出す機会を逸してしまったそうですたらーっ(汗)
それでも最後の最後、決勝の再試合の最中に持ち出したあたりに彼の大物ぶり爆弾が垣間見られますが、実はこの映画は、ピート・ハミル原作の小説の筋書きを北海道へ舞台を移して映画化した作品で、トニー・オーランドとドーンの「幸せの黄色いリボン」がそのベースになっています。

続く>>>
ニックネーム カイチョー at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(1) | 人・人生